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 小鳥のさえずりにティエルが眠たい目蓋を開く。カシロが持たせてくれた防寒用の厚手の布に横になり、ティエルの身体にはガドの外套が掛けられている。その外套からガドの匂いがして、ティエルは口元にそれを運ぶと自然と笑みが漏れた。身体を起こして背中を撫でる髪をひとつにまとめていると、小鳥と共にガドが川で濡らした布で顔を拭きながら現れた。
 
「あ!ティエル起きた?お湯沸かしたから温かいお茶淹れるね」
「嬉しい。ありがとう。…おはよ」
「おはよ!」
「…キス、したい」

 水筒に入れた紅茶をティエルに手渡そうとして、キスを求められたガドはパッと笑顔になった。肩や頭に羽を落ち着けていた小鳥たちがが飛び立つ。ガドは膝を着いて、座っているティエルと視線を合わせると唇をティエルに触れさせた。
 可愛い、触れるだけのキスにも嬉しそうなガドを見てティエルは微笑む。

「今日はどのくらい進めそう?」
「そうだな…地図でハイドルクス王国を確認してみよう。まだまだ距離はあるなぁ…あ、カシロは本当、気が利く」
「どうしたの?」
「赤いインクで通り易いルートを描いてくれてある。ほら、ここがこの林だから…小さな町はちらほら…大きめのところが二箇所かな。海に面してるのに、後ろは山に続いてるここがハイドルクス王国だって」
「わぁ、すごい!今までの地図より詳しいし大きいね」
「そうだな」
「…町にも寄る?」
「もちろん。長居はしない。休憩程度でどう?」
「美味しいもの食べたい」
「いいね。途中で薬草は摘んで行こう。どこでも必要とされる」

 ティエルは紅茶に口を付け、ほっと息を吐いた。昨夜の事が甦り、微かに頬が熱くなる。チラッとガドを横目で見ると、地図に熱心な目を向けていた。その横顔には微かな擦り傷が。腕には青痣も見える。指先も青くなりっていて、爪が剥げかけたと聞いた。回復が早いと分かっている分、昨日は大変だっただろうと視線を落とした。

「ガド……その、…人間と上手くやっていかないといけないって、分かってる。でも、やっぱり俺は人間が嫌いだし…怖い。きっと、そう言うのが態度に出ると思う…ガドにあんな事があって…」
「ティエル…うん、分かってる。無理に頑張る必要ないんじゃないかな?」
「…ガドの方が怖かっただろうけど、俺だってすごく怖かった…」

 ガドはティエルの髪に顔を寄せた。頭の中ではなんとなく分かっていたが、外の世界を体験し、現実も知った。好きな人と離ればなれになる事や、心配させる事の怖さも。
 ティエルの腕がガドの背中に回され、抱き締めた。

「頭ではわがままだって分かってる。弱いエルフですまない」
「ティエルは弱くないよ。ひとりでも立ち向かってきたじゃん。すごい事だ…カッコいい」

 抱き締め返していたガドの背を、ティエルが強く掴むのを感じてガドは腕に力を込めた。『何も悪くないよ』と小さく返す。
 もっと簡単だと、上手くいくと考えてきた自分が悪いとガドは眉を寄せて険しい顔で林の奥を睨んだ。住処の森を焼かれ、仲間を殺され、拐われ、高額で売り買いされているティエルの心を考えれば難しい事など分かっただろう。と冷静な自分の一部が言っていた。
 弱い人間の強さを知った。支配的で容赦は無い。繁殖力は高く、数も多い。同種でなければなかなか繁殖出来ない獣人と違い、人間は人同士でも獣人とでも子を成す。
 脅威は徹底的に排除する人間に、獣人は支配される側だった。昔も今も。

「怖かったけど…リージェルたち、大丈夫かな」
「ハイドルクス王国に行けたら、また戻ってみたりしても良いかもしれない。旅を続けても楽しいかも」
「!!!」

 『旅を続けるのも良い』と言われたガドはパッと表情が明るくなった。ハイドルクス王国に着いたら、別々に目的を探すかも知れないと思っていた。一緒に旅が続けられたら、嬉しい事この上ない。

「そうしたい!明日も、その次も、その次も一緒に行こう!」
「ははっ、気が早いよ」

 嬉しそうに八重歯を見せて目を輝かせるガドに、ティエルも思いきり笑う。ガドの鼻先を人差し指で優しく押した。

「先の事は分からない。それが怖いところでもあり、楽しみなところでもあるってくらいに思っていよう」

 ティエルはポンとガドの肩を叩き離れた。
 荷物をまとめ始める姿を見つめて小さなため息をポツリと吐いた。ティエルが先の事を怖がらないでくれる方法はないだろうかと。ガドにはすぐに思い浮かべる事が出来ず、ぐっと奥歯を噛み締めた。








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