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 ティエルは騒がしい場所から離れ、修繕中の塀まで来るとやっと足を止めた。15メートルほどもある石塀は重みと存在感があり、日陰になると暗いほどだった。
 上まで組まれた木製の足場の下で、ティエルは振り返った。

「そうやって、なんでも素直に謝るのは反則だ。怒ってたのに、許したくなる」
「うん…」
「独りになったかと思った…!」
「本当にごめんなさい…」

 ティエルはガドが連れて行かれたときの不安より、ぼろぼろの状態でタグロの背中で運ばれてきた瞬間が過ぎり、涙が溜まるのを自覚して俯いた。すぐに溢れ出し、ぽつりと地面に落ちる。

「ティエル、一緒にいたい」
「っ、…明日も…」
「うん、ずっと」

 ガドは震える肩を身体ごと抱き寄せた。腕の中にすっぽりと収まる細い身体から、ガドの大好きな匂いに混じって深い悲しみの匂いを感じた。
 『ティエルを泣かせたいのか』。リージェルの言葉が甦り、ガドはティエルの頭を撫でた。帽子に顔を擦り付け、ティエルの名前を呼ぶ。
 ふとティエルは顔を上げた。青く澄んだ瞳がガドを見つめる。ガドが鼻先を近づけようとしたとき、ティエルの唇がガドの唇に触れた。

「キスは…唇を重ねるのは特別な人だけだ。でも…ずっと、って言うな。無理だから」

 触れていた唇が離れて、諦めたような声音で言いながらも辛そうに潤む瞳から視線が逸らせず、ガドはティエルを真似て唇を重ねた。触れ合うだけのキスに、感じたことのない温かさを覚えた。
 ティエルが悲しそうなのは、『ずっと』が違うから。ガドは人間程度の寿命だが、ティエルは何倍も長い。確かに、自分は無理な約束をしようとした…と反省するように目蓋を閉じた。
 離れた唇に、ティエルから再び触れるとガドは目蓋を開いてティエルを見つめた。金の双眸がそっと細められ、優しく微笑む。

「明日も、その次も、一緒にいる」

 ティエルはぽかんとした顔で瞬きを繰り返してから、つられて笑みをこぼした。

「…ああ。それなら約束できる」

 彼はいつも自分と居る事を考えてくれる。優しい言葉や仕草に、惹かれる。好きだと思い知らされる。
 身体を寄せて見つめあっていたが、ふとガドはいつものように鼻先をティエルの頬に擦り付けた。

「俺、ティエルのこと特別好きだ」
「…うん。知ってる」
「よかった!」

 八重歯を覗かせて笑顔を咲かせるガドが可愛らしく、ティエルは嫌な感情が霧散していくのを感じた。人間に対しての憎しみや、女王へ向けた殺意。そっとしてもらえない存在の自分。そして彼は希少種と言う思っていたより怖い現実。
 その感情が霞むほどガドに安心させられる。
 ティエルはもう一度、無意識に唇を重ねた。自分の腰に回されるガドの手の強さに、くすっと笑った。

「なんかふわふわする。キスって不思議だね。ティエルの唇、柔らかい」
「唇なんてみんな同じだろ」
「知らないけど、ティエルのは柔らかい」
「はいはい」
「あ、俺の背中に乗ってく?」
「身体、大丈夫なのか?」
「ティエルを見たら元気出た!傷はタグロに応急処置してもらったし」
「…みんな、大丈夫だろうか」
「リージェルがありがとうって。俺たちが…きっかけ?になったって。俺、事情がよく分からないけど…地下の人たちの事かな」
「うん。リージェルの役に立てたって事でいいだろ。俺たちは逃げられたし」

 ティエルは呪いの事には触れず、ガドの胸に手を当てた。

「早く行こう。せっかくリージェルたちが逃してくれたんだ」

 ガドは頷いて目を閉じた。獣化すると、荷物をふたり分肩に掛けたティエルは大きなトラに抱き着いた。少しの時間しか離れ離れになっていなかったが、ものすごく久しぶりだと思う。ふわっとした温かさを身体中で感じて、ティエルは深く息を吐いた。

「俺もガドが特別好きだよ」

 口にしてしまえば、心の中がすっきりとして温かい。それがお互いであるのだから、これ以上望む事などないとティエルはガドの背中に乗った。







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