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 リージェルが負傷してハーマン達の元に戻ると、中庭で亡くなった王には綺麗で質の良い大きな布がかけられており、周りに集まりハーマンを中心に話し合いをしていた。非常事態だ。
 そのそばには人型のシュルフェスも横たわっている。
 リージェルは父でもあるシュルフェスのそばに膝を着いた。それに気付いたハーマンと、他の補佐がリージェルの肩に手を置いた。

「『死んでも王を守る』呪いじゃ…王が亡くなり、シュルフェスも…」
「分かっていましたが…少々可哀想にも見えます」
「……リージェルが無事でよかったよ。呪いの重ね付けは人格を壊しかね無い。我々も反対しておったが…」
「王が亡くなられて、呪いは無効に?」
「効力は失うが、呪印は消える事がないからのう…しかし、女王は居らぬ。呪術師もシュルフェスと同じ呪印で王家に仕えていたようじゃ。自室で亡くなっておるそうだ。自然血族は娘だけ。呪術の才はあまり無い。…これで、恐怖で抑え込む事はもう出来ん。獣人はリージェルがまとめるのじゃ。我々は人間を。共に、じゃ」
「はい」

 ハーマンの力強い言葉に、他の補佐達も頷いた。リージェルはこの騒ぎはまだ始まりに過ぎ無い事を覚悟し、口端を上げた。始まりに過ぎ無いが、確実に変化を始めた。

「皆さま、よろしくお願いします」

 リージェルはそう言ってから背を向け、辺り見回す。カシロの匂いはない。ティエルのも。無事にここを離れる事が出来たであろうかと祈るように目を伏せた。ふと、俯いたリージェルは胸の痛みが無いことに気が付いた。火傷のようにじくじくと内側も外側も痛んでいたが、それが無い。そっと兵服の下のシャツを覗くと、呪印があるべき場所からそれが消えていた。

「…??!!」

 呪印は消える事はない…ハーマンはそう言った。リージェルは近くにいた獣人兵に声をかけて呪印が痛む事はないか尋ねた。獣人兵は自分の胸の呪印を確認してから忌々しげに眉を潜めた。

「痛みはないです。ですが…こんな印が死ぬまで有るなんて、嫌ですね。リージェル様は大丈夫ですか?肩の傷、診ましょうか?…あの…俺は王様に逆らうのが怖くて…でも、リージェル様達は…」
「気にする事はありません。これからどうするか、それだけを考えましょう。協力、よろしくお願いします」

 はい!と笑顔で怪我人の手当てに向かう姿を見送り、リージェルは胸に手を当てた。そして不安や期待が混じる気持ちを抑え、そっと服の中を覗く。やはり呪印は消えていた。
 




 ガドはタグロと共に地下で生活させられていた人々を城の裏から逃していた。かつて街に住んでいた者は家族の元に戻り、生まれたから親と離れていた子供たちは親が迎えに来ていた。獣人は匂いで親子だと分かるのか、子供の方から親だと分かる様子で誰も彼もが存在を確かめ合うように抱き合った。

「身寄りのない人たちは少ないけど、落ち着くまでここ居てもらう事になる。みんなよろしく」

 タグロの指示に協力的な人々を見て、ガドは親のいない小さなのオオカミを抱きながら優しく微笑んだ。みんな同じ気持ちで行動している姿にホッと胸の騒めきが落ち着く。地下に閉じ込められていた獣人たち理由はガドには分からない。自分のように捕まったのだろうか。聞けば教えてもらえると思うが、ガドは知らなくても…と心の隅で思っていた。知っても知らなくても、人間に対する気持ちは良いモノではない。知ればもっと悪くなる可能性も大いにあった。
 ガドはバーバの事を思い出しながら腕の中で眠る子どもを見つめた。まだ幼く、獣型のその小さなオオカミは両耳が無かった。可愛らしく鼻をひくひくさせながら眠る温かい塊に生命を感じさせられる。

「いい人だっているって、忘れないよ」

 リージェルたちやティエルに言えば『甘い』と怒られそうだし、ガド自身訳の分からない間に閉じ込められ、様々な薬物を与えられた恐怖が消えたわけでは無い。
 それでも…とガドは思ってしまう。平等とは、そういう事だよね?とガドは答えの出ない自問に困って、小オオカミの頬に顔を寄せた。
 ざわざわとした周りの中に、知った匂いを感じてガドは顔を上げた。身体の熱は落ち着いてきたが、未だに感覚は鋭くなったままで、敏感にティエルの匂いを感じた。

「ガド」
「ティエル!」

 カシロの背から飛び降りたティエルはガドに駆け寄った。抱き締めようと腕を伸ばして、ガドの腕の中に先客がいる事に気付いて目元が優しく細まった。
 カシロも駆け寄り、赤ん坊の姿に笑みを向けた。

「ガド、その子獣人の赤ちゃん?」
「うん。オオカミのマールって言うんだって」
「親は見つかりそう?」
「その子の母親はマールを産んだときに亡くなったんだ。だから俺たちみんなで育てるよ」
「カシロたちが家族なんだね」

 ガドは頷きながら腕の中のマールをカシロへと渡した。離れる間際にふわふわした頭を指先で撫でた。
 ティエルもマールの鼻先を優しく触って、カシロへ視線を変えた。

「…じゃあ、行くよ」
「修理中の塀から出て、少し西寄りに北へ向かって。小さな林を越えたら村があるから、それを目印に。ガド、上が裸で寒かったろ?俺たちの獣化サイズだから少しきついかもしれないけど、伸びるから使って。服と荷物まとめておいたから。地図も水も」

 荷物と共に獣人兵が着ていた伸縮性の高い衣類をガドに押し付けたカシロはふたりに笑みを向けた。

「さすがに城下街の方も何かあったって気付いてるから、そっちの収束に行くよ。気を付けて。ティエル、ガドと仲良くね」
「…分かってる」
 
 手を振るガドの横で、ティエルは微かに頬を染めて眉を潜め、ふいっと顔を背けた。
 どうしたの?とガドは首を傾げつつ、カシロの背中に声を掛けた。

「カシロ。タグロとリージェルによろしく。挨拶出来なくて寂しいけど…俺、頑張るって伝えて」

 カシロは微かに振り返り、マールを抱いてそのまま城の方へ跳ねた。姿はあっという間に見えなくなる。

「…行こうか」
「うん。あのさ、ティエル…約束破ってごめんなさい」
「獣化した事?一緒にいるって事?」

 ガドはティエルの手を握り、謝った。けれどティエルはその手をぐいぐい引きなが少し怒ったような声で返した。
 しゅんと、うな垂れながらもティエルの手に着いて離れず、ぐんぐん進む背中を見ながらガドはもう一度謝った。

「俺が浅はかだったから…ごめん」








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