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 リージェルは少女とガドを連れて呪印の代償として利用する為に地下に閉じ込められていた住人たちと合流した。騒動がはじまったころは王の兵たちと地下の老獣人兵が戦っていたが、王が流れ矢を受けたと聞いて殆どの兵がそちらへと向かっていた。

「リージェル。ここは大丈夫だからハーマン様たちと話をした方がいい。これからの我々の処遇がどうなるか…リージェルに掛かっているぞ」
「分かっています。皆さんはできるだけまとまっていて下さい。タグロ、こちらは頼みます」
「ああ。大丈夫だ」

 リージェルとタグロのそばで、ガドは訳の分からない状況に固まっていた。口を挟めず、かと言って力にもなれない。ガドは居た堪れない様子で唇を引き結び、立ち尽くしていた。
 そんなガドを知ってか知らずか、リージェルは肩に触れた。そのまま促されるように住人たちから離れた場所へ連れて行かれる。そして、リージェルは城の石壁に身を隠してガドに向き直ると目を閉じた。

「俺の肩を噛んで下さい」

 突然の頼み事に、ガドは間抜けな顔で首を傾げた。リージェルは目を開けると微かに笑った。

「この騒ぎに乗じて、ティエルと一緒に逃げる為です。私は負傷し、追えなかったと報告できます」
「や…やだよ」
「私は獣人ですから、痛みにも強いし回復も人間より早いので安心して下さい」

 ガドが渋っていると、『早く!』とリージェルは肩を差し出すように首を傾げる。
 恐る恐る、ガドはリージェルの首に噛み付いた。甘噛みだ。
 くすぐったさと、ガドの純粋さにリージェルは思わず笑って少し汚れたガドの髪を撫でた。

「人型で噛んでどうするんですか。獣化してやって下さい。早く」

 諭すような言い方の中に急かすリージェルに、一瞬躊躇した。けれど周りの騒ぎや匂い、様子から、異常事態だとも察する事はできる。ガドは眉を寄せてから目を閉じた。フワッと耳が、パンツに開けられた穴から尾が伸び、次の瞬間にはガドは大きなトラに変わった。のしっと地に前脚を下ろして、ガドはリージェルの身体に額を擦り付けた。
 リージェルは間近に現れた獣のガドに、見惚れるように目を開き、毛並みに触れた。白と黄色に輝き、黒いラインがそれを引き立てている。

「すごい…綺麗…」

 自分の顔など簡単に飲み込みそうな大きな顔が困ったように見えて、リージェルは微笑んだ。恐怖は少しも無い。

「ガドの優しさは素晴らしい。でも、これから先、ティエルを守るのはガドです。躊躇したら守れないと思っていい。害を及ぼすと思ったら迷わず牙と爪を使う事。ガド自身を守れないとティエルは悲しみます。ティエルを泣かせたくないでしょう?」

 ガドは大きな頭で頷いた。金の大きな瞳が潤み、リージェルを見つめる。
 リージェルはふわふわの首元に抱きつくように身を寄せ、ゴシゴシと首回りを何度も撫でた。

「約束だぞ」

 リージェルは敬語を止め、ガドに言い聞かせるように強く言った。小さく頷いたガドの口が開き、リージェルの肩に牙が食い込む。痛みがゆっくりと広がり、ぎゅっとガドの首に抱き付いていた腕を離すと自然とガドの大きな温もりが消えた。
 人型に戻って口元の血を拭ったガドが、リージェルを抱き締めた。

「痛くしてごめん…早く手当てして」

 ガドの震える声に肩を押さえて圧迫しながらリージェルは頷いた。

「ありがとうございます。ガドはタグロの所に戻って子供や老人が兵に手を出されないように守ってあげて下さい。じきにティエルも合流します」
「あの子や他の人たちはどうしたの?」
「…生まれつき目が見えなかったりと言う障害がある子や、歳を取って役に立たないと判断された獣人たちが地下に住まわされていました」
「…なんで、そんな…」
「そうですね。人間の考える事は難しいです。私たちは『人型』になれる『獣』ですから、『人間』の理解出来ない部分もたくさんあるでしょう」

 ガドは納得がいかない様子でリージェルの言葉を理解しようと頷いて見せた。

「理解出来なくていいんです。ただ、人間には私たちを尊重して、平等に接して欲しいと望みます」
「出来る?」
「頑張りたいです。こんな風に言ったら悪いですが、ガドとティエルが来て丁度よかった…。動くきっかけになりました。ありがとう」
「えっ!?なんでありがとう…?よく、分からないけど…俺に出来る事、他に無い?」
「ここからティエルと無事に離れる事です。ガドは自分が希少種だと自覚したはずです。自分を守って、ティエルを守る事。約束しましたよね?」

 ガドは何度も頷いた。
 リージェルは『よし』とガドの肩を叩く。

「行って下さい。次に会う時まで約束を忘れないで」

 リージェルはふわりと微笑み、尾を振ると首元から次第に体毛が膨らみ、黒く大きなオオカミに変わった。そして軽やかな足音を一度立てると、あっという間に残り香を置いて行った。

「…俺も頑張る」

 ガドは自分に言い聞かせて拳を握った。森にいた時のように、ただ穏やかに何も考えずにはいられない。もっとしっかり、多くを知って行動しなければ。
 まずはタグロの元に戻り、状況を把握して少しでも役に立つ。そしてティエルを信じて待つ。
 ガドはティエルを抱き締める事を思い浮かべ、走り出した。







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