バシャバシャと水を撒いてブラシを掛けながら30代の男が言った。

「有沢くん、いいなぁ」
「あぁ?こんな仕事してぇのか?」

 40代の男は肉塊をゴルフバックに詰めながら返した。

「いやいや!違いますって。拷問とかそういのやりたいってワケじゃなくて、有沢くんのこと舐め回したいっていうか……」
「馬鹿野郎。ケツ穴に銃めり込まされて殺されちまうよ。だいたい面はいいがガッツり男だろ、中性的でも女っぽいわけでもねぇし、お前ホモか」

 30代の男は曖昧に笑って、確かに殺されるだろうと頷いていた。
 有沢想は拷問、処理を若林から教え込まれ、初めて始末をした時は未成年だったらしいが狼狽えず指示通りに相手を痛めつけ、消した。噂ではすぐ後にステーキを食べに行ったとか。
 この男たちの様に後片付けに来る下っ端たちは大抵が精神的に参って二度とは出来ないという奴が多かった。血だらけで臭く、いい仕事ではない。慣れれば割の良い楽な『作業』だが。

「なんつーかですね、禁欲的でそそります。イケメンですよね!ああ言う子、男でも女でもタイプなんですよー。若頭以外には愛想の欠片もないところとか、冷めた視線とか、あの無表情を崩してやりたいっすね」
「お前な……変態か」
「変態ですかね……今頃若頭とヤってんのかなぁ……それとも組長の老いぼれチンコしゃぶるのかなぁ……」
「頭たちを馬鹿にすんな。キモイこと言ってねぇで仕事しろ!!」

 怒鳴られた30代は、はいっ!と慌ててブラシで血を片付けだした。





「お姉さん、生中追加で」

 焼肉店特有の匂いと音に囲まれながらもくもくと肉を食べる想を眺めながら若林は4杯目のビールを頼んだ。

「お前もう22?23?そんなに食ってもたれねぇ?」

 視線だけ若林に向けた想は首を横に振って答え、白米を頬張る。若林は、若いねぇ、と運ばれてきたビールを半分まで飲んだ。

「若林さんこそ、そのデカい身体どうやって手に入れたの?蹴りも通用しないし……まさかお酒じゃないよね」
「がはは!こりゃ生まれ持った遺伝子のもんじゃねぇか?試しに想、酒ガブガブいって見れば」

 飲みかけのジョッキを差し出す若林に想は笑みを見せる。
 普段、無表情で感情の読み取れない想だが、笑うとまだ少し幼さも垣間見える。
 可愛い甥っ子を目の前に、若林が笑顔を返した。

「お酒まずいし。若林さんの飲みかけなんてもっといやだ」

 若林の笑顔が引きつった。それを見て想は冗談だよ、と笑った。その顔は無邪気で、若林はホッと顔が緩む。

「反抗期とか……こんなんなんかな」
「反抗期?ははっ、そんなんじゃないよ。俺は若林さんに反抗したりしないでしょ?」

 若林はガシガシと頭を掻くと頷きながら苦い顔でうなだれ、タバコを取り出した。唇に咥えれば普段は部下がさっと火を差し出す。癖でそれを待っていた自分に気が付いて若林はライターを持ち歩いていないことにハッとした。
 想はそれに気が付いて店員へ声をかける。すぐにマッチが手元へ運ばれ、想は箱ごと若林に差し出した。

「肺ガンとかになったら笑っちゃう」

 言葉とは裏腹に、視線は非難を含んでおり、若林はタバコを箱に戻してヘラっと笑った。
 自分の行動、例えば喫煙も周りには咎める人間はいない。若林は、想が自分に対して懐き、図々しく言葉を向けられる少ない家族だと感じた。
 想にとっても、それは同じだった。この世界では信用が大きな価値を持つ。家族さえ信用出来ない場合も。自分を許せる人間を得ることはとても難しいことだ。
 若林の父親で、想の祖父は青樹組の組長。つまりこの辺り一帯のヤクザのトップに君臨している。若林にとって一番信用出来ないのは立花全(たちばなぜん)。
 祖父と孫の関係にありながら、想には物心ついた頃から合わせていないし、教えてもいない。想には合わせていないし、教えてもいない。けれどあちら側は想の事を知っているし、いつ手を伸ばしてくるか分からない。
 若林はもくもくと白飯を頬張る大切な家族である想を見つめた。
 縦社会の自分では守り切れなかった。
 普通の人生を歩んでいたのに、こんな薄暗く血に塗れた道を歩かせた。いくらでも代わりたい。命を差し出してもいい。けれどそれを認められないし、許可されたとして自分の死後に本当に想が日向を生きているのか見守れない。
 信用のない人間ばかりのこの裏社会で、がんじがらめで逃げられない。

「早く組を取って、全部ぶち壊してやりてぇな」

 ぽつりと漏れた若林の声に想は顔を上げた。
 ジョッキに向けられた若林の目は恐ろしいほど冷たく、暗い闇が滲み出ている。身体が動かなくなりそうなほどの視線だが、想は若林がその刃のような目を自分に向けない事を深く理解していた。
 テーブルに乗っている若林の手に想は触れた。
 ハッとして若林が想へ視線を向ける。

「若林さん、意外と野心家だね」

 優しく笑う想は、若林の姉にそっくりだった。
 若林は胸の痛みを押し殺し、唯一の存在に笑みを返した。












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