随分と長い間、心は真っ暗な場所にいる。
 ここはどこ?
 時々見える明かり。時々触れる温かい手。
 信じていい?信じちゃダメ?
 ……分かってる。どちらにしても、自分で選ばないと、始まらないという事。
 閉じこもっているのが、自衛だなんて逃げてるって事。
 人を傷つける事に慣れた、汚れきった自分が、一番自分を裏切っている現実。
 差し出された手を、この汚い手で取ってもいい?
 にぎり続けてくれる?
 信じていい?
 ……ほら、また。自分次第とか、言うんだ。
 










「さよなら」

 抑揚のない冷めた声が狭いコンテナに響く。カチャリと消音器の着いた銃がガタガタと震える男に向けられていた。

「ひっ……ひどいぞ!喋ったら……っ助けてくれるって……!」
「助ける?これが救いだよ……生きてるの辛くない?」

 パスッと三回、気の抜けた音の後に血みどろで震えていた男は息絶えた。胸に二発、頭に一発。周りには血濡れの歯、爪、指まで転がっていた。
 それらは全て今し方息を引き取った男のもので、それらを一瞥すると殺した側の若者は返り血が所々付着したワイシャツを脱いで丸め、キレイに畳まれていたシャツをビニール袋から取り出して着替える。ネクタイを締めてスーツの上着を着れば、そのコンテナの中に不似合いな青年が裸電球のもと、肉塊を見ろしていた。
 好印象を与えそうな整った顔立ちに、ぱっちりとした目と赤茶色に染められた髪が少し幼さを残しているように見える。
 青年、有沢想(ありさわそう)はコンテナのドアを内側から二回叩く。外から二回叩く音を聞けばドアが開いた。外には30代と40代程の男がおり、想に頭を下げた。まだ20歳ほどの想に頭を下げる男達の図は少し面白い。
 想は二人に視線はくれず、ワイシャツの袖のボタンを留めながら事務的に告げる。

「23時にN県のいつものとこです。引っ越しトラックが待っているので運転席の窓をノックして、テールランプが切れてると声をかけて下さい。掃除お任せします」

 男達が返事をする前に想はコンテナから去った。
 100メートルほど歩くと、自分が先ほどの男達と乗ってきた車の隣に見える良く知る高級外車に気が付いた。

「……若林さん……」
「よ、お疲れ。新堂が礼を言ってたぞ。仕事が速くて助かったって。……本当はこんな事させたくねぇんだがな……」

 車の横でタバコを手に寂しげに笑った若林謙太(わかばやしけんた)は想の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。若林は190センチ近くあり、細身ながら鍛えられた体躯の想もガタイのいい彼の隣ではただの若者にしか見えない。
 若林はおおらかで、笑うと親しみ易い風貌だが、青樹組系岡崎組の若頭で組員達からは「鬼」と陰名で呼ばれるほど恐ろしい男だ。
 顔の左側には、眉上から唇をにまで伸びる目立つ傷跡が、更に怖さを引き立てている。
だが、想にとっては師匠であり、唯一この世で信頼できる血の繋がりを持つ人間でもある。

「……早く回収できてよかった。警察も目を光らせてる。白城会(しらきかい)、大丈夫なの?」
「お前はまた、新堂のことばっかり心配しやがって……」
「別に……!そういう訳じゃないけど……なかなか、会えないし……今日、久しぶりに約束できたから……」

 想は僅かに頬を赤くし、俯いた。紛らわせるようにネクタイを緩めて伸びをする。
 白城会は岡崎組と同じく国内でも最大とうたわれる青樹組の傘下で、力のある組だった。白城会・会長柴谷の病が悪化し、次のトップを決めるためにぐらついている。そこに薬物問題が現れて混乱に拍車をかけていた。
 青樹組系の組織は薬物は御法度、と表向きはなっている。あくまで表向きは。
 先ほど想が始末した白城会の末端構成員になったばかりのホストが薬物を大量に捌いていたことが分かり、想は出どころを聞き出だしたのだ。
 想の尋問で成果を上げた柴谷の右腕、新堂はこれで一歩トップへリードしたに違いない。
 彼の役に立てたと思う反面、益々新堂は身を危険に晒すと分かる為、想は複雑な顔で小さな溜め息を吐いた。
 若林と新堂は親友であり、新堂は想の恩人でもあった。表面では対立する組の幹部だが、お互いに信頼し合っている。お互いを裏で支え合いながら、二人は32歳でここまで登りつめた。人の人生を踏みにじりる血も涙もない根っからの極道だが、優しさと厳しさを備えた人の上に立つ人間だと言うことを、想は身をもって知っていた。

「大丈夫だろう。あのホストのガキは哀れだが掟は掟だ。想……焼き肉でも行くか!」
「うん。行く。若林さんの奢り!」

 このコンテナの並ぶ倉庫街は少し人気の無い場所にある。想は笑顔を向けたつもりだったが、向き合う若林は想を見て悲しげに眉を寄せた。
 作り笑い過ぎた?と想は俯いたが、その背中に大きな若林の手が触れた。その手に促されるように想は足を進め、ふたりは若林の車で市内へ向かった。






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