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「シュルフェスは上手くやっているの?偽物のエルフを売りつけられそうになったのよ!トラの方は何としても手に入れたいわ!」
「恐らく。しかし、あのシャンデリアを落とす程の力です。危ないので女王はこちらの部屋から出ないように」
「早く見たいの!トラよ?あぁ!素晴らしいわ!何処の国よりも強い兵を得られる!そのトラを私のペットにするわ!」

 ウエストハードの若き王、グレディアンスは興奮気味頬を染め、ドレスを揺らした。
 側にいる護衛は人間で、部屋から出ないようにと見張っている。
 シュルフェスの指示に従い、女王を支える補佐たちは部屋で警護されながら、希少種への興味以上の恐怖を感じていた。『トラ』と聞けば他の国も欲しがる可能性もあり、無知な王はそれを分かっていない。ただでさえ兵力大半を占める獣人への扱いに関しては国民の中にも疑問を抱く者が増えてきている。
 大きなため息が聞こえた。

「我々の手に負えなければ、どうするおつもりですか」
「呪いをかけたらいいのよ。いつもやってるじゃない!簡単よ」

 補佐たちはそれぞれに胸に手を当て黙り込み、女王は無邪気な笑みを向けた。
ーーーコンコン。
 重たい空気の中に不釣り合いな軽いノック音に全員が扉は向いた。
 扉越しに少し遅れて聞こえた声はリージェルのものだった。

「恐れながら失礼します。リージェルです。先ほどの揺れで城下街の方も少し不安そうで、獣人の兵、半分は混乱を回避するために街へ出ました。お祭りムードなのでそちらは上手く収束出来そうです。それから、地下の住人が騒いでいます。対処はどう致しますか?」

 グラティアンスは補佐たちへ視線を向け、対応しろと示す。
 一番年寄りの男は立ち上がり、周りに頷いて見せた。それから女王に頭を下げて扉を開けて隙間から出るとすぐに扉を閉めた。

「おまたせ」
「ハーマン様」
「リージェル。身体は大丈夫かい?」
「…わかりません。ですから、計画を早めます」

 ハーマンと呼ばれた老人がリージェルの忙しない言い方に首を傾げた。

「今、部屋は警備の人間兵が5人おるよ」
「中には行きません。王様を廊下に連れ出して欲しいのです」
「…そこでリージェル、キミが死と引き替えに女王を討つと?ふーむ…キミが死んだら反勢力たちは大丈夫じゃろうか?」
「タグロとカシロがまとめます。…ですが、ひとつ手があります。ハーマン様には言えませんが…」
「ん?なぜじゃ?」
「知ってしまえば、あなたも王様を連れ出す際に呪印が痛むかも」

 リージェルは廊下に連れ出せば何か策があり、どうにかなると言いたいようだ。しかし、策を知れば『王の危険』と知りながら誘い出せば『反抗』として呪印が痛む可能性があることを示した。
 ハーマンは静かに息を吐き出して、リージェルの腰に手を置いた。腰の曲がった彼は、リージェルの肩に手を置くのは難しそうだ。

「では聞かないでおこう。何かきっかけがあれば部屋から連れ出せそうじゃが」
「城の所々に火をつけます。煙を見て、逃げるように指示してください。地下の住民を地上に上げ、騒動を起こして撹乱させます。戦える老獣人は人間の兵を制圧します。他は子供や動けない地下の住民を城から遠ざけます」
「ふむ…トラの青年の騒ぎに混ざって、という事かのう」
「はい。上手く行っても、行かなくても、彼とその友達は国外へ逃したいです」

 リージェルの瞳に見つめられ、ハーマンはやれやれと目を閉じた。

「恐らく補佐の皆はトラの青年を保有する事に反対じゃ。逃げてくれたら…というところかのう」
「…それは、助かります…」
「シュルフェスはどうするつもりじゃ?」
「…彼も、被害者ですから…」
「息子が誇らしいじゃろうな」

 どうでしょうか…とリージェルが耳を下げた。
 ハーマンは差し迫る状況とは思えない穏やかな笑みを向けた。

「呪印を三つも付けられて、逆らう意思もない人形になったとしても、子供のことを忘れたりはせんよ」

 ハーマンの言葉にリージェルは答えず、軽く会釈をすると背を向けて走り出した。
 
「善も悪も、勝った方のものじゃからのう…リージェル、死んだら負けじゃよ」

 ハーマンはすぐに小さくなるオオカミの獣人の背中にポツリと呟いた。
 リージェルも、王も、国を良くしたいと思っている。それだけは真実だ。







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