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 ガドは体験した事のない頭痛に覚醒した。あたりを見回すと、鉄格子に群がるように若い女性たちが何人も寄り掛かっている。

「っ…ガァ?!」

 声が出ない事に驚くと、獣型だった。痛む頭に思い出される記憶。大暴れした事が鮮明に甦る。
 ティエルと約束したのに、獣化した。
 リージェルに言われたのに、暴れてしまった。
 約束を守れなかった自分の今は、獣から戻れず、1ミリも動けない狭い鉄格子の中に押し込められている状態だった。ガドが鉄格子に身体を当てるが、それはガドの周りを囲うように部屋の床に打ち込まれた鋼鉄の柱だった。
 自分の情けない姿に項垂れ、泣きそうになりながらガドは周りへ視線を変える。どうにかしないと、と。
 不意に、鉄格子の向こうから女性の手が伸びる。ネコの獣人は裸で、目元はとろんととろけて焦点があっていない。発情期でもないネコの獣人たちは薬で無理矢理発情させられていた。

「お願いよぉ…早く孕ませてぇ…」

 ガドはビクッと身体を揺らしたが逃げる事も出来ずに女性に首の毛を掴まれる。女性は人型でネコ耳を垂らしてガドの匂いを嗅ぐように顔を押し付けてくる。甘い声で鳴き始めると、周りの女たちも同じように鳴き出した。
 あまりの恐怖に人化も出来ず、ガドが吠える。しかし、女性は『早く』と急かしてくる。

「意識が戻ったなら早く人型になれよ。雌ネコ共が孕ませて欲しくて仕方ねぇってよ」

 リージェル達のように兵服を着た人間たちに棒で突かれ、ガドはぎゅっと目を瞑った。

「おいおい、まさかその巨体で交尾しようなんて訳ねぇだろー?」
「妊娠する前に壊れちまうよ!」

 ぎゃはは!と笑う声が響いた。ガドは眉間にシワを寄せ、低く唸って威嚇する。

「大人しく繁殖しろよ!」
「シュルフェスを見習えよ!獣人の分際で、逆らうな!」

 シュルフェスの名前を聞き、ガドはカッと目を開いて鋭くひと声吠えた。敵意を剥き出しにするガドの元に人型のシュルフェスが歩んできた。喉元には首を支えるガードをされている。
 無言でガドを見つめるシュルフェスは何も言わない。喉を潰され、話すことができないようだ。しかし、ガドを見る目には様々な感情が読み取れる。匂いも。期待や憎しみ、興味、怒り。シュルフェスが細いナイフを振り上げ、ガドの腕に刺した。そして踵を返して檻から離れて行く。

「っ…?!グルル…!」

 大した痛みはなく、ガドが首を傾げていると、ナイフに塗られた薬は直ぐに聞き始めた。発情をもたらす薬だ。
 ガドは体内を巡る血液を気持ち悪く感じて、狭い檻で身体を揺らした。鉄の柱が軋む。
 ーーー熱い。腹が減った。食らい尽くしたい。熱い。熱い。ティエル。ティエル。ティエル!!
 ガドは身体の熱に目眩がした。ティエルの事しか考えられ無い。周りからは笑い声が聞こえる。腹が立つ。ティエルの声も匂いもしない。悲しい。
 すっとガドの身体からふわふわした体毛が消え、一瞬で人型に縮まった。そしてふわふわした頭でハッキリと分かる事を叫んだ。

「ティエル!!!!!!」

 ガドが求める者の姿も匂いも無い。ティエルを呼ぶ声は切なく、大きく響いた。発情薬で無理矢理引き起こされた初めての感覚に、泣き出しそうになるが拳を握り締めて深く息を吐き出した。
 溢れ出す大型獣の発情のフェロモンに、周りのネコの女たちが蛞蝓のように檻に身体を擦り始める。馬鹿にしていた人間の兵たちさえ、気圧され生唾を飲み込む。興奮を掻き立てられ、人間の兵の一人がネコの獣人を襲い始めた。それに誘発され、ひとり、ふたりと男たちが手を出し始めた。目の前で行われるセックスにガドは驚きで固まった。
 檻から出ようと鉄格子を揺らすが、強固なそれはびくともしない。掌の冷たい感覚が、身体の熱で温かくなってくる。ガドはぎゅっと目を瞑った。
 周りにあるのは雌ネコの嬌声と人間の男の興奮した息遣い。肌を打つ音。求める叫びに似た声。

「シュルフェス様!やめて下さい!」

 突然タグロの声が空気を裂くように届いた。離れた場所で傍観していたシュルフェスに駆け寄る姿が見え、ガドはそれを目で追った。
 
「リージェルの友達…リージェル、どうなった…?」

 苦しげな彼の様子が甦り、悲しそうな顔をするティエルと重なる。ガドは無意識に檻の柵の間に腕を入れた。20センチほどのそこに腕を挟んだまま、そっと目を閉じた。耳が、尾が伸び、身体に体毛が膨らんだ瞬間ガドは獣化した。前脚が柵に挟まり、締め上げられる。ガドは痛みに唸る。そのまま力づくで押し広げようと、ぐぐっと歯を食いしばった。

「ぐがあ"ぁ!!!」

 ガドの咆哮にタグロとシュルフェスが振り返ると、そこには鉄の柱を曲げ、間から抜け出る人型のガドがいた。

「んー!んー!!」

 シュルフェスはタグロの肩を掴み、鎮静薬を吸わせろと薬袋を押し付けた。タグロは声が出せないシュルフェスを見て、口元に笑みを浮かべた。恐ろしい状況なのに、笑えてしまう。
 タグロはシュルフェスの手を払い、ガドの方へと駆けた。

「出るぞ!ティエルの所へ!」

 ガドは弱々しく眉を下げたまま頷いた。しかし歩き出した途端、その場に膝を着いてしまった。発情期特有の熱が薬のせいで限界を超えている。下腹部は熱く立ち上がり、瞳孔が安定しない。唇は震えて飲み切れない唾液が顎へ伝った。
 タグロはぐっと下を向くと首元から体毛が現れ、あっという間に獣化した。リージェル同様、獣人用の兵服は伸び、服を纏った白と茶の混じるオオカミの毛がふわっと揺れる。ガドの元に駆け寄ると鼻先でガドの腹を突く。
『乗れ』
 そう伝わり、ガドはふらつきながらタグロの背中に抱き付くように乗った。







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