18





 城の裏から城内へと連れられたガドは、見た事のない豪華な内装や高い天井にキョロキョロと周りを見回した。どうやって作ったのか見当もつかない自分は、本当に小さな世界で生きていたと言うことをガドに分らせているようだった。

「ガド。俺の言う事を聞いて、チャンスがあったらとにかく外に走る事。逃げ出さないと死ぬまで檻か鎖です」

 ガドは、リージェルの言葉が実感出来ないものの、恐ろしい事だけは分かった。
 こそっとガドに耳打ちするリージェルの隣を歩き、木製の重たい扉を開いた。アトロたちも広い部屋に共に入る。
 中は60平米ほどの部屋で、窓は無い。高い天井すれすれの場所に陽を取り込む細い丸穴がいくつか空いていて、陽の光を反射して煌めくシャンデリアにガドは息を呑んだ。

「キラキラ…」

 見上げても細かい光に目を奪われ、下を見ても磨かれた床にシャンデリアの光が反射して、ガドは驚く事しか出来ない。

「来たか。リージェル、報告を」

 部屋の中央に立っている白髪混じりの茶色い髪を撫でつけ、黒い尾とオオカミの耳の男が告げた。リージェルとアトロたちは姿勢を改めて軽く俯く。

「彼は西の方よりこちらへ訪れた旅人で、ガドと言います。ネコの獣人です」
「ネコ?デカすぎやしないか?」
「人それぞれでしょう。私より大きなヒツジの獣人もたくさんいます」
「分かった分かった。リージェルは黙れ」

 リージェルと話していたシュルフェスがガドの目前までゆっくりと歩み、つま先から頭へ視線を巡らせた。190センチほどのガドをシュルフェスは少し見上げる。そしてくんくんと匂いを嗅いだ。

「金目だな。初めて見たぞ。で、本当は?」

 ガドは茶色の目に見据えられ、そらせずに見つめ返した。リージェルがお喋りは良くないと言っていたのを思い出し、黙る。

「ネコだって?」

 シュルフェスの聞かれ、ガドは頷いた。

「ネコが重たいレンガを投げて鐘を鳴らせるもんかね?アトロ、お前は出来るか?」
「…距離によりますが、遠投になると厳しいです」
「オオカミも無理だそうだ」
「……投げて、ごめんなさい」
「ははっ、謝罪はいいさ。で、何かな?」

 ガドが黙ると、シュルフェスは大きく頷いた。

「たしか連れがいたな。何処にいる?」
「私がガドを見つけた時にはひとりでした」
「我々も同じです」
「そうか…では、探して来い。仲間も一緒なら協力したくなるだろう。この街は獣人に優しいぞ?住んでみるのはどうだろう?」

 ガドは首を横に振った。

「目的が?」

 今度は頷く。
 子供のような返答にシュルフェスはガドの肩へ手を置いた。

「そうか…それじゃあ早く街を離れたいだろう?お前さんの正体さえ分かれば、解放できるぞ?」

 ガドは答えず、俯いた。シュルフェスはやれやれと大きなため息を残してガドから離れた。

「アトロ。興奮剤を撒け」

 アトロは一瞬、聞き間違いかと顔を上げた。ただの旅人にそこまで?と。

「こいつは間違い無く希少種だ」

 シュルフェスは言い捨て、ハンカチで鼻と口元を覆う。アトロは戸惑い、ガドを見ながらも己もハンカチを口元へ当てた。もうひとりも。リージェルはシュルフェスに掴みかかり、声を荒げた。

「父上!そこまでしますか!」
「『王の為』」

 シュルフェスのひと声にリージェルは胸元を押さえて膝を折った。苦しそうに息を詰め、肩で息をするリージェルの元にガドは同じように膝を着いて背中に手を当て、様子を伺った。

「リージェル?!大丈夫?!」

 心配そうに眉を寄せ、声を荒げたガドの口元をリージェルは己の手で押さえた。手袋を脱ぎ、そのまま当てているように示す。近付いた瞬間、リージェルはガドに囁いた。

「俺が思い切り暴れてドアを突き破るから全力で外に走れ」

 『すまない』。リージェルの悲しそうな顔がガドの網膜に焼き付く。次の瞬間、タグロがティエルの匂いを消すのに使ったような粉が撒かれた。辺りに黄色く広がる粉を警戒してガドはリージェルを肩に担いで飛んだ。部屋の壁際に。
 リージェルはガドの肩を叩いた。

「馬鹿か!私は大丈夫だ!」
「苦しそうだから!」

 ガドはここに来て初めてリージェルに反抗した。リージェルは担がれたままガドの頭を撫でる。

「ガド…いい子だから。もう薬を吸ってしまった。人型を維持できません…。私を下ろしてください。ティエルに会いたいでしょう?」

 諭すようなリージェルの声にガドは言い返せずに固まった。よしよしと頭を撫で続けるリージェルの手が次第に人間のものではなくなる。硬い爪の存在を感じる。肩に担いだ身体が重みを増し、大きくなる。
 ガドがゆっくりとリージェルを下ろす頃には彼は兵服を纏った大きな狼になっていた。3メートルに近い大きさで、ゆっくりと顔を上げた。
 グルル…グゥウ…と喉を鳴らし、四足で立ち、牙を剥き出す姿にガドは自分を重ねた。自分の姿は見ていないが、きっとこんな感じなんだろうな…と。
 口元を覆っていない方でゆっくりと手を伸ばし、オオカミに変わったリージェルの首を撫でた。
 唸り、涎を垂らしながらガドを威嚇するオオカミの視線はドアへ向く。その強く光る黒い瞳から『行け』と伝わり、ガドは頷いた。








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