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 群衆の中を避け、裏通りの静かな場所に来るとガドはひょいと2メートルはある塀を簡単に登った。続いてティエルの跳躍に合わせてガドが手を引く。ふたりはそっと塀の上を歩き、商店のような建物の屋根に座った。

「ちょっと遠いけど人混みじゃないし見やすいね」
「ガド、大きいのに身軽だよな」
「褒められると嬉しい」

 へへ、と笑うガドの表情にティエルは笑みを返し、城への長い階段を歩いている二十人ほどの集団に目を向けた。エルフの視力は人の倍はあり、離れた場所からでも鮮明に一人一人の顔が見えた。
 やはりティエルの思った通り、武装した兵士がいる。完全な人型をしているが、身体の大きさから見ても獣人が半分はいると分かる。紺の兵服は揃いで、威圧感が増すように感じた。
 その中に、一人の小柄な人影を見つけた。両手は枷と鎖で繋がれている。長い金髪をなびかせ、俯いていた。頭から長耳は見えない。

「下を向いてて分からない…顔を見れば一目で分かるのに」
「…ちょっと待ってて!」

 ガドはひょいと隣の屋根に飛び、そのまま少し高い屋根に腰を下ろすと屋根に乗るレンガをひとつ手に取った。それから、1キロ以上ありそうなその塊を思い切り投げた。
 ティエルのいる位置から見えた教会の鐘に命中したそれは、不自然な鐘の音を鳴らした。カコーン!と妙な音が、思ったよりも大きく鳴り響く。警護も群衆もざわめきながらきょろきょろと辺りを見回した。

「おいおい…鐘、変形しちゃったんじゃないか…」

 全ての様子を目で追っていたティエルは呆れて額を押さえた。けれど、すぐに顔を上げて捕まっている者を見た。何事かと顔を上げた者の正体は、茶色い目をした女性。エルフではなかった。本物を知っている者ではなければ分からないかも知れないが、違う。人間だ。
 
「…偽物…」

 驚きと、少しの恐怖にティエルは連れられていく者を見つめていたが、隣に音も無く戻ってきたガドを感じてそちらへ向いた。

「ガド、やりすぎだ」
「でも上手くいったんじゃない?」
「…まあね。あの捕まったのはエルフじゃなかった」

 ティエルの報告を聞いて、ガドはパッと目を輝かせた。安心だね!とティエルの背中をポンと叩いてから、それでも少し眉を寄せて俯いた。

「あの人、どうなるんだろう…エルフだと思われてたら、…血とか抜かれるのかな」
「……分からないけど…知りたくないかな。俺は」
「俺も」 
 
 ふたりは立ち上がると、歓声を受けながら護衛と共に城へ消えていくエルフとして捕まった人間を一度見てから目をそらした。
 ガドは先に屋根から裏通りへ飛び降り、ティエルに手を差し出す。
 ティエルは驚いたが、ガドに呼ばれて迷うことなく屋根から飛んだ。





 祝福ムードの城を眺めている二人を、城の窓から見つめる者がいた。
 誰の視界にも入らない場所にいるふたりが屋根から消えるまでピンポイントで捉えていたその男が口端を上げる。
 大きな尖った黒い耳が微かに動き、茶色い髪に白髪の混じる男が隣に立つ若い男に視線の先のふたりを示した。若い男も、白髪の混じりと同じように黒い耳が茶色の髪からのぞいている。ふたりはオオカミの中では珍しい黒オオカミの獣人だ。

「ありゃあ獣人だな。しかもあの動き、イヌネコなんかじゃあ無ぇ。キャップで見えねぇが尾も出してねぇなんて珍しい」
「完全に人型だと身体能力が下がりますから」
「耳はよく聞こえた方がいいし、尾は万能だ。あいつはなんだ?なかなかタッパがあるな。ゴリラあたりか」
「人間の形していたら分かりません」
「捕まえてこい」
「装備から見て旅人では?捕まえるのは…」
「王の為だ」

 若い獣人が指示に難色を示すと、白髪混じりが睨むように低く唸った。
 『王の為』
 そう言われた若い獣人は胸の痛みに眉を寄せて、痛む場所を押さえて苦しそうに息を詰めた。
 
「王の為に兵を強化していくのは務めだろう。お前は言われた通りにアイツを捕まえてくればいい。イヌネコなら解放してやれるし、希少種なら種を植えさせる。少しでも強い獣人を増やして戦いに備えないとならんからな。リージェル、分かったか?」

 当然のように言われ、リージェルと呼ばれた若い獣人は苦し気に眉を寄せたまま頷いた。内心では悪態を叫ぶが、それが許されない事に歯を食いしばる。

「はい…っ、父上…」
「お前は一番鼻が効くし、何百と生まれた内、唯一の黒オオカミだ。期待しているぞ」

 リージェルは答えずに背を向けると窓際から足速に離れた。そのまま兵の獣人ふたりに声をかけて、ガドたちを最後に見た方角へと走り始めた。





 
 




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