13
「え!出られない?!」
出国の手続きをする為に門番に声をかけたティエルは驚きの声を漏らした。
門番は申し訳なさそうに謝罪しながらも、どこか楽しそうに城を指さした。
「エルフが捕まったんですよ。凄いことです!俺は見た事もないし、奇跡だってみんな言ってました。お祝いの間、二日は商業者も出入りできません。街の安全を守りにくくなりますからね。犯罪者が乗じてくる事がありますから」
門番は浮かれながらも業務的に説明して、楽しんで!と手を振った。
ガドとティエルは呆然と大きな扉の閉まってしまった門を見上げる他ない。
「…大人しく門の近くで宿を見つけようか」
ティエルの提案にガドが頷いた時、遠くで歓声が響いた。それは城の方からで、ついにエルフが城に到着したのではないだろうかと想像できた。
ふと、ガドが足を止めた。
「ティエル。出られないなら遠くから捕まったって言うエルフを見に行かない?」
「え…いやだ。姿を見たら余計に辛くなるだろ」
「エルフじゃないかもしれないよ」
ガドの言葉にティエルは目を見開いた。よく分からないが、どう言う事だろうかと気になる様子で。
「門番も言ってた。奇跡って。ティエルが何年も歩き回っても仲間に会えないのに、捕まるかな?奇跡って凄いちょっとでしょ?」
ガドは腕を組んで、考えるように唸った。
「お金ほしくてニセモノを売ったかもよ?人間は人間を売ったりするじゃん。綺麗な人とか」
ガドはなぞなぞを考えるように言って、馬車に詰め込まれた奴隷たちを思い浮かべた。中にはティエルのように美しい髪や容姿の女性もいた事を伝える。
「…そんな事、する…?バレたら…」
ティエルは一度だけ、何年も前に見かけた酷い状態の仲間のことは飲み込み、現実を考える為に冷静に息を吐いた。
エルフとは何か、人間はよく分かっていない。エルフの血で病は治らないし、長生きもできない。ひとつ秘密を打ち明けるとすれば、エルフの血を垂らした地には草木が茂る。エルフが奥深い森に棲むのは、死した仲間の身体が森を育てるからだ。
エルフと聞いてパニックになっていたが、冷静に考えるとガドの言葉に頷ける。
エルフのイメージ、白い肌と薄い色素の髪、青や緑の澄んだ瞳。人間にもごく稀にいる。特徴は耳だ。長耳だけは誤魔化せない。けれど、切ってしまえば?すでに人に捕まり、耳や髪を切られているとしたら。エルフの身体の一部を身につければ長寿になると言う迷信があるくらいだ。あり得なくもない。
「遠くから見るだけだ」
「うん」
「…でも、これでエルフだったとしても違ったとしても…人間の怖さが増すだけだ」
「…うん。けど、エルフじゃなかったらティエルも俺も、少しホッとできる気がする」
ガドが八重歯を覗かせて笑った。ティエルは仲間を諦めた自分の気持ちを軽くしたいと考えていることを察して唇を噛んだ。
優しすぎる彼の存在が、少し怖い。甘えてしまう。特別な意味で好きだと伝わってしまいそうで、足がすくむ。優しい彼はもしかすると喜んでくれるかもしれない。そうなれば嬉しい。けれど、終わりを考えてしまう。
ティエルはガドに腕を引かれて城の方へ向かいながら、その背を見つめた。
自分より先に寿命が来るガド。残るのは自分ひとり。今でさえ大きな存在になりつつあるのに、ひとりになる事が出来るだろうか?ティエルはすぐに答えが出た。無理だと。それなら、この気持ちは伝えない方が良い。
これから先も、ずっと今のように近い存在で、支え合って、守り合う仲でいる事が最善だ。
ティエルは自分に言い聞かせて、引かれている腕をそっと解いた。隣に並び、弱音を捨ててしっかりとした視線をガドへ向ける。
ティエルの表情が普段のキリッとしたものに戻り、ガドは目を細めて頷いた。
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