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「…こうしてみると、お店に立っている獣人は女の子が多いな。いろんな街に寄ったけど南の方は街中で人と同じように暮らしてる獣人を見たことなかった」
「ネコとウサギばっかだね。数が多いのかな?」
「ヒツジとオオカミも多いって本で読んだぞ。比較的人に紛れているって」
「トラは?」
「大型の獣人ほど少ないそうだ。昔、人間に狩られいなくなった種もあるって…本で見た。ここ数年、ハイドルクス王国で暮らしいてる大型種はサイ、ゴリラ、トリ、イルカ。各地方ではライオン、ワニ、クマ…とか書いてあったかな?俺はクマの獣人をずっと南の方で見た事がある。遠目からだけど、たくさんの鎖に繋がれて力仕事をさせられた…獣型だった。普通のクマの2倍近い上背があったかも…」
「すごっ!クマさん強そう!ティエルが言うように北よりの東に近いほど種族差別が少ないのかもね。トラはいないのかなぁ…。この街は人と獣人が仲良さそうで、ちょっと嬉しい」
「ああ。さっきの女の子もいい笑顔だったな」
「でも、エルフの懸賞金は許せない」

 未だに根に持っている様子のガドを見てティエルは小さく笑った。バレなければ問題ないから、と背中を撫でる。

「トラの話だけど、ガドが生まれたんだからどこかにトラの仲間だっていると思うよ」
「そっか…うん、ありがとう。ティエル」

 ガドは自分の背中に触れるティエルの手を感じて自分も相手の背中へ手を当てる。
 お互いが相手を思う気持ちが優しいものだと伝わる気がして、ふたりは身体を寄せたまま街中を見回りながら東へ抜ける門を目指した。





 夕刻になる頃には目指していた東門のある区画まで辿り着いた。石畳が整備された道は歩きやすかったが、森に慣れているガドには少し疲れた様子で足を曲げ伸ばししている姿にティエルは優しく目を細めた。

「ガドの方が体力はあるのに、固い道が苦手なんだな」
「大丈夫だよ。でも、確かに土の方が好きかなぁ」

 眉尻を下げて笑うガドに水筒を差し出したティエルの背中に走る人間がぶつかった。
 ティエルはよろけたが、立ち上がったガドはそれを支えてぶつかった人間へ怪訝な視線を向けた。
 人間は慌てて謝りながら街中にある城をぐるりと囲う城門を指さした。

「ぶつかってごめん!エルフが捕まったって!城に運ばれるところが見られるかもしれねぇよ!」

 お前たちも来いよ!と人間は目を輝かせて走っていく。ちらほらと人間たちが集まりだし、城門の方へ人が流れて始めていた。中には獣耳をした獣人たちも。

「エルフ…って」

 ガドはティエルの手をぎゅっと握った。

「本当かな…?」
「分からない…」
「ダメって言うと思うけど…」
「ダメだ」
「…けど、助けないと…」
「あんな高額の懸賞金だぞ。たくさんの護衛が着いてるに決まってる。城に運ばれるとしたら、王族へ渡されるはず」
「ゴエイってすごいの?」

 俯いていたティエルはガドの声に顔を上げた。護衛を知らないガドが、不安そうに眉を寄せてティエルを見下ろしている。
 
「すごい強いし、戦い慣れている兵士とかだよ。この国は獣人もいるし、もしかしたら獣人の兵もいるかもしれない」
「…俺たちじゃ助けられない?」

 ガドの表情がだんだんと険しくなっていく。
 ティエルはそれを見て、眉を寄せた。以前もエルフが…知っている仲間が手の届きそうなところにいたのに助けられなかった記憶が鮮明に思い浮かぶ。鼻の奥がじわっと痛み、涙がゆっくりと青い瞳に膜を作り始めて、ティエルは鼻を啜った。
 ガドはティエルの涙が溢れる前に目元に唇を寄せた。そっと涙を舐め取り、真剣な顔でティエルを見つめる。

「仲間が捕まって悲しくて泣いてる?助けられなくて悲しい?」

 優しく問うガドの声を聞いて、ティエルの瞳からゆっくりと涙が溢れた。

「…っ、…ガドがエルフを助けたいって、思ってくれて、嬉しい。のに…助けたいって思うけど、助けられないのが、…辛い」

 目元をゴシゴシと擦るティエルをガドは腕の中に包んだ。優しく抱きながら、誘発されるように微かに滲む涙を耐えて、ガドは言った。

「助けられるかも。行ってみよう?」

 怖い…と絞り出すように漏れたティエルの声は震えていた。いつ、自分がその位置にいてもおかしくない。隠して、平静を装っていても、いつもその影はちらつく。どうなるのか想像したくない。それ以上に、ガドが巻き込まれる事が怖い。
 ティエルはガドの服を握り締めて動かない。

「俺だけで見て来る?」
「絶対にイヤだ」

 ティエルは首を横に振ってますますガドにしがみつく。
 ガドはそれ以上は言わず、優しく抱きしめたまま目線よりは幾分か下にあるティエルの頭に顔を寄せて擦り付けた。
 帽子越しでもガドの行動を感じ取り、少しの間そのままでいたティエルがゆっくりと顔を上げた。

「ガドの身の危険だってあるんだからな。いくら同族だからって、ガドの方が大切だ。一緒にハイドルクス王国まで行ってくれるんだろ?」
「うん。約束した」

 ティエルは優しい眼差しで自分を見つめて来るガドの返事に頷いた。涙は止まり、微かに震える唇が選択を伝える事を迫る。
 助けられるかも知れないエルフがいる。
 危険に巻き込まれる前に逃げるべき。
 ティエルは自分の腕の中の温かさを確かめるように力を込めた。

「…ガド、今のうちに遠くまで行こう」
「分かった」

 ガドはすぐに頷いた。ティエルが辛い選択をしている事が伝わっていた。自分のせいで泣かせてしまった事も。どちらを取るにしても、考えている時間も無い現実と、身の危険が迫っている。

「ありがとう、ガド。俺の事、考えてくれて」

 身体を離し、手を繋ぎ直すとガドは手を引いて視界の端に見え始めている大きな門に足を向けたが、ティエルの感謝の言葉を聞いて驚いたように目を開いた。

「ガドがいてくれて、本当に心強い。甘えてごめんな」

 眉を寄せて笑う顔から様々な感情が溢れている。ガドは少し屈み、ティエルの鼻先に自分のそれを近づけて触れた。親愛の仕草だ。ガドは精一杯、ティエルの顔から悲しいとか辛いを消したい気持ちで鼻先を擦り付けた。
 ティエルはくすぐったさと恥ずかしさに微かに笑い、顔をずらしてガドの頭をポンと叩いた。

「ふふっ、くすぐったい…ガド、これ好きだよな」
「ご、ごめん…なんか身体が勝手に…気をつける」
「責めてないから」

 うぅ…と恥ずかしそうにガドの眉尻が下がる。
 ティエルは沈んだ気持ちがふわっと軽くなるように感じて少し柔らかくなった雰囲気で、ふたりは国を出るために門へ向かった。








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