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 翌朝、ティエルが陽の光を感じて目を開けるより先に感じたのは大きな体温だった。
 背中から抱き込むように自分の身体に回された腕の重みに、眠たげな目元が緩む。お互いに別のベッドに寝たはずなのだが、ガドはティエルのベッドへいつの間にか移動していたようだった。
 ティエルは人間の姿のガドの腕に包まれ、獣の時と変わらぬ存在感に、胸がそわそわとくすぐったい感覚を覚えた。好きだと自覚してから、小さな接触や優しい言葉に嬉しくなったりする事は多々あったが、ただ隣で眠るだけでこんな気分になるんだな…と再び目蓋を閉じた。
 ガドは眠れなかったのか、すやすやと規則正しい寝息を繰り返していた。

「…ガドはどんな人に惹かれるのかな…」

 ティエルの小さな囁きは、心の声が思わず漏れたものだった。けれど、声にしてみると意外と存在感のある言葉に感じた。
 男同士だし、種族も違う。同種を知らないガドでも、人間や他種獣人に惹かれるのだろうか。
 ティエルはガドが子供と一緒に森を暴れ回る姿を想像して小さく笑った。ガドも子供のように跳ねて転がる姿が容易に思い浮かんだからだ。

「…ティエル…?」
「あ、ごめん。起こしたか?」

 おはよー…と言いながらも、殆ど寝ている様子のガドはティエルのうなじに顔を擦り付けた。長耳隠しの為、髪も結って帽子にしまってある為、首は丸出しだ。ぎゅっと背中から抱いた身体を抱き直し、くんくんとティエルの匂いを嗅いでは顔を擦り付ける。
 ティエルはくすぐったさと恥ずかしさで顔だけではなく身体まで熱くなってきて、慌てて身を捩った。腕の中でガドへ抵抗する。

「おいっ、あんまり匂いとか嗅ぐなってば」
「うん…ティエルの匂い好き…大好き、いい匂い…」

 『好き』。その言葉にティエルの心臓は一気に鼓動を荒げた。同じ意味では無いと分かっていても、嫌な気など微塵もない。
 返す言葉に困っているティエルを知らず、改めてガドの腕に力がこもった。ティエルは抵抗を諦め、自分を抱き込む腕に触れた。

「俺も、ガドが…好きだよ」

 寝ぼけているガドに返した言葉は震えて小さいものだった。
 それでも寝ぼけたガドには聞こえていたようで、背後でガドの微かな声が笑った。

「いっしょだね」

 すやっと眠りに戻る気配を感じて、ティエルはひとり耳まで熱い顔をどうすればいいものか、しばらく呼吸も忘れてガドの腕の中で固まっていた。





 ガドはティエルの分の朝食も合わせてふたり分をぺろりと平らげた。ティエルは紅茶を飲みながら美味しそうに食べるガドを見ていた。

「お腹いっぱいだー」
「ガドの食べてる顔、好きかも。本当に美味しそうに食べるよな」
「…そんな風に言われると嬉しい」

 ガドが照れるように笑ってフォークを置いた時、宿のウエイトレスがお水を運んできた。

「お水のお代わりはいかがですか?」
「あ、ありがとうございます」

 ガドがグラスを持って顔を上げると、そのウエイトレスは長いウサギ耳を揺らして笑顔を向けた。

「お礼なんて、優しいですね!旅の方?」
「お姉さん!耳!」

 ガドは思わず彼女の耳を見つめて目を見開いた。

「耳?ああ、可愛いですか?獣人を見るのは初めてですか?」
「え、あ…」
「はい。初めてです」

 咄嗟に声を掛けてしまったガドが動揺していると、ティエルが助かるようにウサギ耳のウェイトレスに声を掛けた。

「耳だけウサギさんなんですか?」
「敢えてこうしてるんです。可愛いでしょ?私みたいなウサギやネコみたいな小型は人型の方が働けるし、可愛がってもらえますからね!耳や尾みたいな末端部分だけなら獣化した方が良く聞こえるし便利なんです」
「可愛いですね」

 ティエルが気持ちのチップをテーブルに差し出すと、ウサギのウェイトレスは目を輝かせて受け取り、嬉しそうに笑った。可愛らしい三つ編みがふわりと揺れる。

「お兄さん達みたいなカッコいい人に言われたら嬉しいです!また泊まるならぜひ来てくださいね。紅茶、サービスします」

 手を振ってテーブルを離れたウサギのウェイトレスを見つめていたガドが、ティエルに視線を変えた。
 ガドの顔がおかしく、ティエルは口元を隠して笑った。

「ちょっとだけ獣化とか出来るの?!」

 声を潜めてティエルに疑問をぶつけるガドだが、ティエルは答えられずに笑う。

「出来るんじゃない?ふふっ、ガド、すごい驚いてておかしい。ガドは人型か獣型かの二択だもんな」
「途中で変化を止めるの無理だもん」
「あっという間に変わっちゃうよね。もしかしたら、小型獣だから出来るとか」
「そうなのかな…」

 初めて己以外の獣人に会ったガドは、ウサギのウェイトレスを目で追った。あんなに、堂々と獣だと見せている。周りの人間達もそれを普通に受け入れ、良い関係のように見えた。

「可愛かった?」
「え?あ…うん。耳がぴょこぴょこしてて可愛いね。俺も耳だけキープできるかなぁ…」

 ティエルはチクッと胸に残る違和感に目蓋を閉じた。ガドの感覚は当たり前だ。可愛らしい女の子が、同じ獣人で人間と共存している。惹かれるのも当たり前。
 そう自分に言い聞かせるティエルに、ガドは水を飲み干してグラスを置いてから笑顔を向けた。

「ティエルの寝顔のほうが可愛いと思うけどね!」

 ごちそうさまでしたー!と宿屋に声を掛けて立ち上がったガドに、ティエルはほんのりも頬を染めて続いて立ち上がる。
 宿屋から出ると、優しい朝日が少し高くなって来ていた。

「ガド、それは女性の前で言ったらダメだからな。男の俺と比較したら失礼だよ」
「うん?でも本当だしさ」
「…自分の寝顔なんて知らないよ」
「そっか!なんか、まつ毛がキラキラってして、唇のところが…食べちゃいたくなる感じ?」

 ガドは思い返すようにティエルの寝顔を思い浮かべた。普段は綺麗で男らしく自分を引っ張ってくれるのに、目蓋を閉じて己の体毛に身を寄せている姿に心臓のあたりがぎゅっと痛む感覚が蘇る。守りたいのに、食べたいような、不思議な感覚をずっと抱いている。初めて感じる胸の違和感と身体のざわつきが毎日残る。
 ガドはその感覚に困りながら、『食べたい』はおかしいかも知れないと、慌ててティエルの手を握った。

「ごめん…!俺、ティエルを食べたいとか思ってないから、安心して!うーん…と、言葉に出来ないザワザワがこの辺にあるんだ」

 俯き、困ったようなガドの仕草にティエルは口元を緩めた。初めて森を出て旅を始め、興奮がずっと続いているのだろうと思うと子供のようで微笑ましいと思った。

「旅に慣れたら少しはザワザワも大人しくなるよ。俺の寝顔を見るのは禁止!恥ずかしいから。俺も見るよ?」
「恥ずかしくないよ。俺は見られても平気だし」
「…嘘だろ…」

 ティエルはガドが清々しいほど言い切った事に苦笑いを返すほか出来なかった。






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