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 怒っているような、落ち込んでいるような、なんとも言えない様子のガドをなだめながらティエルは職業紹介所に向かった。手を繋いでいるガドの足取りの重さが伝わり、ティエルはそっと振り返った。

「ガド。大丈夫だから」
「…うん。でも…」
「俺は人間に見えるだろ?」
「うん。綺麗な人」
「状況確認もしたいし」
「…分かった」

 紹介所の木製扉を開く。人はそれほど多くなかったが、何人かのグループで仕事を探している男たちや女、老若男女が掲示板を前に張り紙を見ている。気になる職があれば、紙を持ち帰るシステムのようで、何枚も紙を手にしている者もいた。
 ティエルはガドと一枚の大きな掲示物の前で止まった。童話に出てきそうなエルフの横顔の絵、と生け捕りならば3000万ベルの額。死体でも500万ベルと書かれている。
 大きな掲示物には目撃した場所や人数が書かれていたり、様々だ。どの書き込みもティエルとガドを指し示すような情報は無く、ホッとしてティエルの視線がガドへ向く。
 ガドは言葉にしたりしなかったが、掲示物を睨むように見据えていた。

「…な?そんなに簡単に見つけられないんだよ」

 ティエルは薬草探しの案件を一枚取り、ガドの手を引いた。何も言わないガドが自分のために怒り、それを表に出さないようにしていることが分かる。ティエルはそっとガドの鼻を摘んだ。

「っう…?!」

 突然のことに驚いて、ガドは瞬きを何度か繰り返した。

「ガドといるから大丈夫だって。いざとなったら背中に乗せてくれよ」

 にこっと悪戯っぽく笑うティエルを見て、ガドはやっと表情が緩んだ。

「険しい顔なんてガドに似合わないよ?」

 頼りにしてるからな!とティエルは頷いて見せた。





 ふたりはしばらく街の中を散策し、宿を決めた。さすがに街中で野宿は出来ないとティエルに言われ、ガドは初めての宿屋体験に好奇心からティエルの後ろで手続きを見守っていた。
 ティエルはふたり用の一部屋を借り、前払いで代金を払うと階段を指差した。

「二階の奥から2番目の部屋だって。朝食が付いてるんだって。好きなメニューをこの部屋の鍵と引き換えに食べられるよ」
「う、うん…」
「…初めての宿屋で緊張してるのか?ふふっ、かわいいなぁ」
「かわっ、かわいくない!…こんな、たくさん気配がして…寝られないかも…」

 部屋の鍵を開けながらティエルはガドの不安に驚いて開きかけのドアのまま止まった。

「そっか…今まで森の奥に住んでたんだもんな。ここは…たしかにガドにはうるさいかも」

 ガドはティエルに促されて部屋に入ると、大きなため息を吐き出した。荷物を下ろすティエルを見習い、鞄とオノを部屋の隅へ置いた。

「部屋に入ってもいろんな気配感じる?」
「ううん。廊下より大丈夫かも。慣れて行かないといけないよな。人間に混じれるように」
「うん。そういう前向きなところ、ガドの良いところだよね。けど、無理なら早く言ってくれよ?」
 
 ティエルは心配そうにガドの様子を伺いつつ、警戒のために帽子を脱ぐことはやめて上着とブーツを脱いでベットへ腰かけた。

「ごめん、心配させて」
「謝る事ない。俺だってたくさんガドを困らせる事あるかもしれないぞ?その時は優しくしてくれよ」

 ガドはその言葉に笑って、ティエルの向かいのベッドに腰を下ろした。そして、ベッドへ寝転ぶティエルを見つめた。

「…一緒に寝ない?」
「へ?」
「…ずっとくっついて寝てたから…なんか、寂しい」

 ガドは少し俯き、子供っぽい事を言ったかも…と唇をひき結んだ。
 考えてみれば、ずっと獣姿でティエルとくっついて寝ていた。けれど、ここは宿屋でベッドの上だ。さすがにガドが獣化した状態でベッドにのれば壊れるだろう。

「…こっちのベッドに来るか?」

 俯いて考え込んでいるガドに、ティエルは掛け布団を上げて自分の隣を示した。
 見た目は青年だが、外の世界も他人もあまり知らないガドの心は子供と同じだと分かってきていた。何でも興味を示すし、警戒心より好奇心か強い。少しずつ、自分の身を守れるようにと警戒する事ばかり教えてしまったが、ティエルはそれを少し反省して微笑んだ。

「はじめての事も多かったし、疲れただろ?側に来たら安心して眠れるよ」
「大丈夫、そんな子供っぽい」
「そんな事ないよ。でも、安いベッドだし、二人で寝たらくっつかないと狭いかもな」

 ティエルはクスクスと笑って両手両足を伸ばしてベッドに仰向けのまま目を閉じた。

「いつでも来ていいから。おやすみ」

 ティエルは少し身を起こしてランタンの火を消した。
 月明かりが窓から差し込む微かな明かりの中に、『おやすみ』と返すガドの小さな声が溶けた。
 
 





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