広場の公園の花壇にはピンクと黄色の小さな花がたくさん咲いており、音楽や笑い声にあふれていた。子供から大人まで様々な人間が明るい表情で行き交っている。
 花壇の脇に座り、地図を見ているティエルの横にガドが座った。

「どう?いい日雇いはみつかったか?」

 ティエルが地図から顔を上げると、ガドの様子がおかしい。
 言葉を探すように唇が微かに動くが、瞬きもせずティエルを見つめたままガドは眉を寄せて深妙な表情で固まったまま。

「さてはあんまりいい仕事がなかったな。大丈夫だよ。俺も一緒に探すから」

 地図を畳んで立ち上がろうとするティエルの手をガドの大きな手が掴む。いつものように優しくではない。遠慮の無い強さに、ティエルは微かに顔を歪めて再び腰を下ろした。
 ガドの手が優しいものに変わり、ティエルはそれを優しく握り返した。
 その手を感じてガドは胸がぎゅっと痛んだ。この気持ちはなに?優しくてあったかい。でも苦しい。それから、彼を見る周りの目に、激しく腹が立つ。
 ガドは表現出来ない思いにギリっと歯を食いしばった。

「…ガド?」
「………っ、ティエル。早くこの街を出よう。出たい」

 小さな声で低く言うガドに、ティエルは同じように声を潜めた。

「どうしたの?楽しみにしてただろ。大きな街だ」
「職業紹介所で、エルフの張り紙を見たんだ。高額で…買取ります、って…。目撃情報もたくさん貼ってあって、嘘かホントか分からないけど…」
「…紹介所で…?」

 ガドは視線を逸らすことはなく、心配そうにティエルを見つめたまま頷いた。

「それを見てたら、隣にいたおじさんが『国王やそれに近い人間の間で病が流行ってる。治療にはエルフの血が最適らしい』って」
「嘘だよ…そんな効果、ない…」
「うん、分かってる」
「病が流行ってるから、薬草類が高く売れたんだね」

 ガドはゆっくりと頷いた。それから、我慢できないと言う様子でティエルを抱き締めた。
 驚いて目を見開くティエルの耳元に震えるガドの声が静かに馴染む。

「だから…早く出たほうがいい」
「分かった。ありがとう、ガド」

 抱き締めているのはガドなのだが、子供が離れたくないと駄々をこねるようにティエルを腕に閉じ込め、顔をティエルの首元に擦り付けた。
 一緒に旅に出る事になり、ガドは無意識に顔や身体をティエルに擦り付けていた。これはいわゆるマーキング。森で他の獣を寄せ付けない為に木々に爪痕を残すように、ガドはティエルにも痕跡を残したがっていた。
 『自分の大切なもの』『守るもの』と。
 ガドがティエルに鼻を寄せたり、触れたりする事は獣特有の愛情表現。人間で言えば、口付けだ。その意味をガドは知らないし、ティエルも分からない。ガドの本能だった。
 ガドはティエルが苦しそうに身動ぐまで、ずっと腕の中に閉じ込めていた。

「が…ガド、苦しい」

 小さな声に、ガドはハッとして謝罪しながら身体を離した。
 何度も謝るガドを見て、ティエルはクスッと笑い肩をポンと叩いた。狙われていると言う事よりも、目の前の落ち込む姿が気になってしまう。

「今までもそうだったんだ。気にしすぎない方がいい。出来るだけ早く街は出よう山あいの街だから、出口の門へこのまま向かって抜ければかなり早道だ。それから…1日も歩けばイーストハードの領内だけど小さな村がありそうだよ」
「うん…」

 ティエルは明るく礼を言いながら、自分から抱きついた。自分よりは大きな背中をぎゅっと抱き、目を閉じる。

「ひとりじゃないから、怖くない。…って不思議だな」

 ガドはそっとティエルの背中に手を置いた。
 怖くないーー…そんな訳ない。
 ガドはティエルとは逆に、今までに感じた事が無いほどの恐怖で、指先が冷えていく感覚に目をキツく瞑った。







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