広い門が見えると、ガドは興奮で獣化しそうになった。けれど、ガドはティエルとの約束を忘れずに何度かそれをやり過ごす。今までは獣化を止めるという意識を持って生活していなかったが、こうして意識を持つだけでもコントロールを覚えはじめた。ティエルに迷惑をかけない為にも、ちゃんと約束を守らないと…とガドは自分に言い聞かせて拳を握った。

「ガド。お願いがあるんだけど、フード、被って」
「ん?うん」

 荷馬車が何台が見え、行商の馬や牛も歩いている中でティエルが声を落としてガドに言った。言われるがまま素直にフードを被りながら、ガドは首を傾げた。

「たくさん商人がいるだろ?俺たちを見てる」
「轢かないように?」
「理由は分からないけど、あの目は嫌な感じがする。エルフを見る目だ」

 ティエルの声が震えているのを聞いて、ガドは手をぎゅっと握った。エルフを見る目、獲物を見つけた目。けれど、ティエルは耳も髪も帽子に収めている。パッと見は人間と変わらない。白い肌と青い目は人間にも多い。だが、奴隷商は人間も売り買いする。美しさは価値だ。それを言えばティエルは上級品といえる。ガドは手を繋ぐだけではダメだと、無意識にティエルの肩を抱き寄せた。
 わっ!と小さく驚いたティエルだが、ガドの顔を見て胸が痛んだ。眉を寄せ、険しい顔でこちらを見ていた商人を睨み付けている。
 商人は不躾な眼差しだった事に慌てて視線を逸らして帽子のツバを下げた。

「大丈夫だよ、こんなところで人攫いなんてないから」
「分かんないよ」
「…それくらいの警戒心は大切だな」

 少しずつ成長していくガドに微笑むティエルたちを後ろから一台の馬車が追い抜いた。
 ガドは思わず息を飲み、足を止めた。
 荷馬車は鉄製で牢のように格子状に組まれ、若い女や子供が詰め込まれていた。みんな俯き、馬車に静かに揺られている。
 ティエルは何度か目にした事のある光景に胸が重くなった。ガドの異変も察して、そっと背中に手を添えた。

「大きな街になればなるほど、ああ言うものを見る事は多い。金回りのいい場所には必ず奴隷商売があるから…」
「…人間は…人間も売るの?あの人たち、どうなるの?大型の獣人は、働かされたり、毛皮にされたり、小型の獣人はペットにされたりするって聞いたけど…」
 
 ティエルはガドの背中に置いた手が震えそうで、ぎゅっと服を握った。

「あの馬車には女性、子供が多かった。奴隷や召使いにされたりするんだと思う。…あとは娼館で男の相手をさせたり、戦地で兵士の慰みものになる。俺の知らない需要もあるんじゃないかな」

 言いながら、ティエルは何年か前にふらりも寄った小さな町で親しい仲間を見つけた事を思い出す。彼は男のエルフだったが、小柄で目を引く美人。歳も近かったため仲も良かった。彼は森が焼き払われた際に捕まったようだが、町の領主のような男に飼われていた。首輪と鎖で繋がれ、片目は潰され、髪は短く切られていた。服も着せられず馬に乗る主人に引かれて裸足で町中を歩かされていた。ティエルは一度大きな声で彼の名前を呼んだが、振り返ることはなかった。
 思い出すと胸が痛む。逃げる時に一緒にいたら守れたのかもしれない。あの時、恐れずに主人から彼を取り戻せたら…そう思うとやるせない。そして、明るく聡明な彼のあそこまで変わり果てた姿。彼がされた事を知るのが怖い。
 カタカタと震えるティエルに気が付き、ガドは肩を抱き寄せていた手を離して細く白い手を握った。安心させたかった。

「…同じ種族なのに…人間て、よく分かんないな…」

 足を止めたまま呟いたガドの隣でティエルは小さく頷いた。

「分かる必要ない。でも、どうにかしようなんて思ったらダメだ。俺たちの方が獲物になる」

 ガドは頷いた。初めて見た光景を忘れないと言うように、小さくなっていく馬車を見つめて。
 再び歩き出した時、ふとティエルはピンと来たように瞬きを繰り返した。

「ガドだ」
「ん?なに?」
「俺、初めて黒い髪を見た。今も、黒い髪の人間なんていなかった」
「そうなの?」
「獣人だから?って自然に受け入れてたけど、きっと珍しいんだよ」
「そっか…それで商売人がじろじろ見たのか」

 ガドはフードを深く被った。

「俺、デカいから目立つよね。俺が目立つとティエルも見られる…帽子も買わないといけない?」
「うん。気をつけるにこした事ないからな」

 ちゃんと身を守ることを考えたガドに笑みを向け、ティエルはポンポンと背中を叩いた。そして、己の心配より自分の身を気にかけてくれる姿勢に、胸がふわりと跳ねたように感じた。
 






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