「バーバ。行ってくるね。ちゃんとティエルの事、守るよ。生き物に感謝して、優しくするね」

 ガドはバーバの亡骸が埋まる気の根本に膝を着き、地面に触れながら話しかけた。
 その隣でティエルも様子を見守る。
 ふたりはティエルの足の怪我を療養しながら小屋を片付け、旅支度を終えた。小屋の鍵は手を伸ばせば届くであろう場所にぶら下げ、そこには『ご自由におやすみください』と木彫りの看板を立てた。だいぶ森の奥になるが、迷って来る者がいれば役に立つだろう。食べ物は無いが、裏には井戸もある。少し足を休めるのには良い場所だ。
 ガドが小屋を出る事を察した小さな動物たちが森の影から伺うように顔を覗かせていた。

「…可愛い動物たちが見送りに来てる」
「木を切る俺がいなくなるから、病気の木とかが心配かも…」
「大丈夫だ。木々も動物も、ちゃんと分かるから。ガドの優しさが無くなったら寂しいだろうな。森のみんなが」

 早朝の柔らかい風に、森の音がざわめく。
 森の香りを胸いっぱいに吸い込んで、ガドは空を見上げた。木々が生い茂り、木漏れ日程度の明かりに目を細める。

「今までありがとう。…森に通じるかな?」
「伝わるよ。水は全てを記憶する。森は全てを聞いている」
「すごい…」

 ガドはくるりと森を見回してから、ガシッとティエルの手を握った。
 突然の事にティエルは驚いて体を固めたが、ガドは当然な様子で首を傾げた。

「行こう」
「…手、つなぐのか?」
「え?つながないの?」
「…バーバさんか…」

 不思議そうな顔でガドはティエルを見つめた。きっと森を出て街に行く時は、いつもふたりで手を繋いでいたのだろう。そう思ってティエルはガドの大きな手を握り返した。この大きな手の持ち主の心は子供だ。初めて家の敷地から出る子供。

「よし、ガド。行こう」

 この手を大事にしないと。ティエルは手を握ったまま、彼の横顔を見上げた。ガドがティエルを守ると言ったように、自分もまた彼を守る。そして仲間や居場所を見つける。
 ふたりなら大丈夫。ひとりじゃない。ティエルは自分に言い聞かせるように頷いた。





 それから半日以上かけて森を抜けた。少し暗くなり始めていたため少し戻り、森の中で火を起こす。ガドは獣化すると周りの木、何本かにに頭を擦り付けてから爪痕を残した。肉食の動物を近付けない為だ。バーバから教わり何度か試しが、効果は抜群だった。普通の虎の倍はあるであろう大型の虎に挑む動物は早々いない。
 人型に戻ると、脱いだシャツを着てから感動した様子でズボンと下着を一緒に伸ばして見せた。

「こんな生地があるなんて!すごい!これなら獣化しても服がビリビリにならない!」
「ごめんな。俺の外套なんかの即席で。大きな街に行けばちゃんとした生地や洋服があるから。でも、ホントに大丈夫だったね。虎がズボン履いてるのってすごく面白かったよ」

 くすくすと笑うティエルに、ガドは満面の笑みで頷いた。

「伸びる靴もあったらいいなぁ…」 

 靴下とブーツを履きながらガドが呟いた。

「作って貰えばいいよ。お金がかかるから、少し仕事をしないと行けないけど」
「力仕事なら任せて」
「俺も頑張る」

 ティエルはそう言いながら帽子を脱いだ。マントをガドのズボンにしてしまった為、ガドが使っていたキャスケット帽を貰っていた。耳をしまうのに丁度よかったのだ。人の多い街に行くにはエルフであることは隠さなければならない。必須アイテムと言える。

「…街に行ったら俺はエルフだってばれちゃいけない。ガドも獣化には気をつけるんだ」
「うん。分かった」
「…でも、今は獣化してほしいな…」

 ガドはティエルが控えめにお願いしている様子に笑うとブーツを再び脱いだ。ふわわっと獣化する。
 ティエルはガドに抱きついた。

「ガド、あったかい…」

 ここ数日、こうして身を寄せて寝るのが習慣になりつつあった。お互いの体温や心音が安心感を与える。さらに言えばガドの体毛は上質な柔らかさだ。
 目を瞑ったティエルをしばらく見つめていたガドもゆっくりと目蓋を閉じた。







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