獣人とは、獣で生まれ、次第に人の形に成長する種族だ。幼い頃は獣型と人型が安定せず、獣になったり人になったり。大人になるにつれて、どちらの型にも意識して変化が出来る。
 獣の性質を持ち合わせているため、寒さや暑さに弱い種族も存在する。人型でいる方が環境に適応しやすいため、獣人は人間の姿で普段の生活をする者が多いと、ティエルは書物で読んだ記憶を思い返していた。
 ガドが速足で五分ほど森の奥へ行くと、少し開けた場所に小さな小屋が建っていた。レンガで作られたそれは可愛らしく、森の景色に合っている。庭に畑があり、レンガの窯も使い込まれているようだ。

「…これは…素敵な家だな」
「ありがとう。バーバの家だよ」
「バーバ?」
「死んじゃったけど、俺を育ててくれたおばあさん」

 ガドは家から少し離れた高い木を指差した。その木の根本には拳より大きな石がいくつも積まれている。
 ーーー墓。
 ティエルは故郷の森が人間に焼き払われ、たくさんの仲間が殺されたた記憶が甦えった。若いエルフは捕まり、逃げられた者は散り散りになってしまった。もう、30年以上の前の事だ。
 込み上げる涙を隠すように墓のある木へ歩むと、そっと触れた。
 木が幸せな記憶をティエルに伝えてくる。それは言葉でもないし、イメージでもない。けれど植物からの感覚がティエルの心に響いてきた。余計に涙が溢れそうになり、慌てて目元を擦る。

「ティエル?」
「…ごめん、ガドとバーバさんは本当にいい家族だったんだなって。この木が教えてくれた」 

 いつの間にか人型に戻り、下着とパンツを履いたガドが不思議そうに首を傾げた。鍛えられた身体を見ると、この森で生き抜いてきた事も納得できる。

「エルフは植物と通じられるんだ。実は、この森に逃げ込んだ時も『こっちだよ』って言われてるように感じて…結局ガドに助けられたけどな」
「エルフ、ってすごいんだね」
「ガドの方がすごいだろ?あんな強そうでさ」
「バーバは人前では人型でいるんだよって言ってた。人間は獣人を捕まえるって」
「…そっか…今もそうなのか?昔は獣人狩りって聞いた事があったけど…今は対等な地位を得ている国もあるって聞いてるよ」
「そうなんだ!ティエルはもの知りだね。俺はバーバ以外の人間とはあまり関わりがない…街のサンドイッチ屋ぐらいだ」
「サンドイッチ?」
「森で狩った動物をベーコンにしたりしてる。それを買ってくれる。サンドイッチにしたり販売したりしてくれるんだ」
「すごい…」

 ガドは家に入る事を促しながら、食べる?と聞いた。
 ティエルは笑顔を向けたが、首を横に振った。

「エルフは肉を食べないんだ。魚も。野菜くらいかな…あまり食べなくてもお腹が減らない」
「え!?すごい…」
「ガドは…食べ物は人間のものなの?」
「うん。獣型だと食べる量がすごくなる。獣型でずっと、獣として生きていれば人型にはなれなくなるってバーバが言ってた。森で普通より大きな獣がいたら、それは完全に獣化した獣人だって」
「完全な獣…。その獣は人型には戻らないのか?」
「分かんない。でも、バーバの言い方はそんな感じだった。人の言葉も分からなくなるんだって。人型を維持していれば、人に紛れて生きていけるから、町に行きなさいって。悪い人間ばかりじゃないよ。って言ってた」
「…うん。バーバさんはいい人間だったもんな」

 ガドは小さく頷いて、手作りの丸椅子をティエルに勧めた。腰掛けたティエルにブーツを脱ぐように言いながら、棚から塗り薬と包帯を取り出す。ガドは今朝汲んできたばかりの水をグラスに注ぎ、ティエルに渡した。

「ありがとう。いただきます」

 ティエルが水に口を付けていると、ガドは足元に跪いて足首の様子を診た。折れたりはしていなが、微かに腫れがうかがえる。塗り薬とガーゼを貼り付け、綺麗な包帯を巻いていく。

「上手」
「…いつもバーバが俺にしてくれたんだ。俺は獣人だから、人間より足が速いし力も強いみたいで調子に乗っちゃって、よく怪我もした。子供のとき」
「ふふっ、可愛いね」
「可愛い?……それはティエルのことじゃない?」

 包帯を巻きながらガドはティエルの笑みに笑顔を返した。

「俺が今まで見てきた生き物の中でティエルは一番綺麗で可愛い。髪はキラキラして雨上がりの森の明かりみたいだし、目は空みたいに青い。肌も白くて、すべすべしてる」

 ティエルは笑顔で自分を褒めるガドの言葉に頬を赤く染めた。真剣に、そんな風に言われた事などなく、どう返していいのか分からずに唇が震えてしまう。

「エ、エルフはみんなこんな感じだよ?」
「そうなの?きっとティエルはダントツの美人だね」

 はい、と包帯を巻き終えたガドは恥ずかしげもなく言って立ち上がった。
 長い間ひとりで仲間を探して旅をしてきたティエルは、向けられる笑顔や優しさに胸がふわりと温まるのを感じた。人間に見つかれば追われ、こそこそとしてきた。けれど今は自分の姿を堂々と見せられる。
 ティエルは俯いた。安心や気の緩みか、ポロポロと涙が溢れてきてしまう。

「ティエル?!足、痛む?…飲み薬は無くて…」
「ううん、大丈夫だ。ガドが優しくて、安心したら…あはは」
 
 ごめん。と謝りながら笑みを向けるティエルの頭に、ガドの大きな手が乗る。再び跪き、黄色の目で少し見上げられた。髪を撫でられ、ティエルは瞬きを繰り返した。

「頭、よしよしすると安心するよ。バーバがしてくれた」
「ふふっ、俺90歳近いんだけど」
「きゅう…じゅう?!」
「ガドは何歳なの?身体は大きいよね」
「俺、たぶん18歳くらい?バーバに拾われてから数えたらそのくらいだよ」

 ガドは穴が開くほどティエルを見つめながら、90歳と言う事が信じられない様子だ。それがおかしくて、ティエルは涙を拭いながら笑う。

「エルフは長寿なんだ。大体250年くらい生きるんだって。見た目も若くて、あまり変わらない姿で自然に還る」
「すごい…」
「だから人間はエルフの血を飲むと長生きできるとか、骨を身に付けると守られるとか…そう言う迷信を信じていて…」
「そんな事のために?」
「人間は強いフリして、本当は弱さを隠してる生き物だと思う…少しでも強く、長く生きたい意思が強いんだね、きっと」

 ガドは獣に怯えて武器を向ける人間たちを思い出す。こちらは危害を加える気がないのにも関わらず、攻撃的だ。それは、ティエルが言ったように弱さを隠すためなのかもしれないと思った。


 





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