ティエルは目の前に現れたキラキラと金色に光る毛並みの、大きな獣に目を奪われた。黄色と白と黒い模様が、目の前に立ち塞がる。

「トラだ!!すごい!!」
「で、でかい…」
「獣人だ!獣型で仕留めれば、このデカさはいい金になるぞ!」

 先程まで自分を狙ってきた人間たちが突然現れた大きなトラに意識を奪われている。ティエルは転んで痛めた足首を庇いながら立ち上がった。
 大きなトラは体長4メートルを超えそうだが、すらりとした肉体と色の際立つ毛並みだ。四つ脚で立っていても165センチほどの細身のティエルは隠れられる。トラは低く唸って人間たちを牽制していた。

「ガゥア!!」

 トラは大きな声でひと声吠えた。牙を剥き出し、ギラつく瞳が獲物を狙うようにひとりの人間を見据えた。
 吠えられて萎縮した人間は一歩、また一歩と後退し始めた。
 それを見たトラは大きな金の瞳を細めて、大きく一歩踏み出して先程よりも大きく吠えると、地を蹴った。
 ダン!!と音がする程の跳躍で人間の目の前に降りた。
 狙われたひとりは気を失い、地に身体がぶつかる。他の2人は仲間を置いて逃げてっ言ってしまった。

「あ、ありがとう…」

 横たわって気を失った人間を前脚でつついていたトラに、ティエルは小さく声をかけた。自分を助けてくれたのは明確で、不思議と怖いとは思わなかった。
 トラはティエルの声に振り返り、口を開けて目を細めた。
 まるで笑っているようで、ティエルは笑顔を返していた。距離を縮めようと一歩踏み出したが、挫いた足首の痛みに顔が引きつってしまう。俯き、痛みが引くのを待った。

「痛…」
「足、怪我したの?」

 俯いていたティエルに影が落ち、低く通る声がかけられた。驚いて顔を上げたティエルの前には、短い黒髪に金の目をした青年が心配そうに見つめている。

「…っ、?!」

 青年は裸で、ティエルは驚きで息を呑んだ。
 それに気がついた青年は落ちていた外套を腰に巻いて眉を下げた。

「ごめん。人前で裸はダメだってバーバが言ってたかも。獣型になると服が破けて使えなくなるんだ」
「獣…て事は、さっきの…トラはキミ?」
「うん、追いかけられて、逃げてたみたいだから…」
「ありがとう。本当に助かった」

 ティエルは被っていた外套のフードを外した。森の高い木々の隙間から漏れる太陽の光で、白く煌く金の髪を後ろで結った隙間から覗く青い瞳がガドを見つめる。少し長い耳が神秘的に見せた。ティエルは感謝の言葉を述べながら青年に握手を求めて手を差し出す。

「俺はティエル。エルフなんだ。奴隷商の手下に追われてた…かなり走ってて、この森の広さすごいな」

 青年は差し出されたティエルの手に首を傾げたが、同じように手を差し出すとティエルからその手を握った。温かい体温に、ふたりは自然と笑みが溢れた。

「俺はガド。この森の先に住んでるよ。あまり人と接しないから…失礼だと思うけど、この手は…挨拶みたいな?」
「握手をした事ないのか?」
「あくしゅ…」
「挨拶だよ。初めまして、ありがとう、よろしく、またね…なんでもいいんだ」

 ティエルが優しく微笑むと、ガドは微かに頷いて細い手をぎゅっと握り直した。

「よろしく、ティエル」

 足の手当てをするなら、とガドは家に案内する事を提案した。
 歩き旅だったティエルは感謝を伝えて頷く。

「じゃあ、乗って。その方が速いから」

 言うが早いか、ガドは再びトラの姿になると外套を口に咥えて膝を折った。
 不思議な光景だった。ガドが小さく息を吸い込んだ瞬間、音も無く彼は獣の体毛に覆われた。そして次の一瞬には隣にいた青年は大きなトラに変わっていたのだ。キラキラした金色に近い輝きがふわりと漂った。
 目を奪われていたティエルだったが、『乗れ』と言わんばかりに身体を寄せてくるガドを見て、乗っても大丈夫だろうか…と少し迷った。けれど、遠慮気味に身体に触れるとふわっふわの体毛とその温かみに思わず身体を寄せた。

「すごいな!ふわふわだ!日向の匂いがする!」

 顔を埋めて頬擦りするティエルに驚いたガドだったが、己の身体に笑顔で触れてくる様子を見ると嫌な気など起こらず、そっと目を閉じた。
 ティエルはしばらくその温もりと感触に癒されていたが、ガドが喉を鳴らして『乗れ』と再び促してきて慌てて頷いた。

「ご、ごめん。すごく心地良くて…」

 恥ずかしそうに頬を染めながら、背中に跨ったティエルにガドは喉を鳴らして笑った。立ち上がり、『行くよ?』と後方へ視線を向けてから速足で歩き始めた。

「トラの時は話せないのか?」

 背中にぎゅっと捕まるティエルの質問にガドは頷いた。

「でも、話は聞こえてるんだね。獣人を見た事はあっても、話したのは初めてだ。仲間も一緒に住んでいるのか?」

 ガドは力無く首を横に振った。
 しゅんと肩を落としているように見えたティエルは手を伸ばして優しく首回りを撫でた。

「…俺もひとりなんだ。だから気持ちはすごく分かる」

 小さく、寂しさの滲む声がガドの耳に届く。触れる手はすごく優しいのに、悲しみが伝わる。ガドは、励ますために軽く跳ねた。
 ティエルは少し驚いたが、ぎゅっと背中に抱き着いて何度も跳ねるガドに声を立てて笑った。







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