「友隆は四ツ葉のおばさんと上手くいってるの?」

 友隆の息子、夏により開かれる定期家族会。という名の食事会で、食後のドルチェにスプーンを向けながら夏は友隆に聞いた。

「上手くいくとかじゃねぇ。彩子さんが俺に飽きるか飽きないかだから」
「友隆を横に置くのに飽きるとかないんじゃないかな。今日もすっごくカッコイイ」

 サラサラの黒髪を耳に掛けながら紫乃はオレンジジュースのストローを回し、ふふっと笑った。
 嘉苗が呆れたように重ねる。

「今はまだいいけど、もう30代だし、ジジイになっても飽きない?」
「俺がジジイの時、ババアは死んでるよ。多分な」
「友隆…相変わらずだね…言い方悪い」

 紫乃はやれやれと小さな溜息を吐き出した。

「俺は明日、デートだよ!」
「いや、仕事だろ?」
「でもふたりで行くし」

 田舎の遊園地の宣伝記事を担当する事になった夏は、会社の同僚で片思いしている新開との仕事を楽しみにしている様子で笑った。

「なっちゃん可愛い!女装させたいな。まだいける。カナや友隆みたいなオヤジに片足突っ込む前に一回しようよ?」

 紫乃が夏の頭を撫でてからかいながら笑う。
 それを見ていた友隆は微かに目元が緩んだ。

「デザート夏にやるよ。俺行くから」

 友隆は会計伝票を手に席を立った。

「え!友隆…もう行っちゃうの?」
「飯、食ったろ。また来月な」

 立ち上がりそうな夏を制して友隆は側に行くと頭をポンと一度撫でた。

「がんばれよ」

 なんの感情もない表情だが、声音は優しい。夏は嬉しい気持ちで顔が緩むのを止められず、頷いた。

「ありがとう、友隆」
「嘉苗、紫乃。何かあったら連絡しろ」
「だったら、友隆も一緒に働けばいいじゃない。ねぇ?」

 友隆は答えずに背中を向けると会計を済ませて店を出て行く。

「相変わらず一回も振り返らないわねぇ」
「友隆だもん、逆に普通」
「ふふっ、そーだね。なっちゃんの言う通りかも」

 ふたりのやりとりを遠くに聞きながら、嘉苗は額に手を当てて大きく溜め息を吐き出した。その様子に夏も紫乃も怪訝な顔を向けた。

「なによ」
「友隆、笑ってた」

 嘉苗の一言にその場が静まる。ありえないよね?と夏と紫乃が顔を見合わせた。

「アイツがどっか変で良かったのかも。人の気持ちとか理解できる人間だったらホストや詐欺師やら…ヤバい奴になっちゃったんだろうな…」
「えー?どういう事?意味分かんない」
「俺はアイツの顔なんて見飽きてるけど、さっきの『微笑みっぽいの』は思わず写真撮りたくなった。一緒にいるのが当たり前で、友隆はああいう顔だって脳内が処理してんだろうけど、考えてみりゃかなり見た目だけはいいもんな。大抵、初対面の人間は見るもん。しかし、アレの使い方を覚えたら相当だぞ。ま、友隆には不可能だろうがな」
「うそ…友隆の微笑み?めっちゃ見たかった…」

 夏の残念そうな呟きに紫乃と嘉苗は笑って、残りのデザートへ再びスプーンを入れた。





「友隆ならいないわよ。新人のモデルを連れて行ったでしょ!もう友隆に構わないでよ」
「あぁ?あんなのじゃダメだ!友隆を寄越せ!」
「もう、晃志郎…うちにCM紹介してるからって、調子に乗らないで。アナタを切ったって痛くもないの。いい男紹介してあげてるんだから文句言わないでよ!」
 
 帰る前にオフィスに寄った友隆は言い争う声に足を止めた。彩子と晃志郎だ。久しぶりに聞いた晃志郎の声に指先が冷える。

「彩子、頼むよ。アイツは特別だ…アイツが欲しいんだよ!」

 晃志郎が彩子に掴みかかり、小さな悲鳴が聞こえる。
 友隆は何も感じていなかったが、利害が頭を過ぎる。彩子を守らないと、夏を守れない。

「何してる」

 友隆の声がふたりの動きをとめた。
 彩子は首を振って、来ないでと伝えようと必死な顔で友隆を見た。

「…友隆ぁあ"…いるじゃねぇか」
「警備に連絡した。彩子さんから手を離せ」
「離して欲しかったら俺と来い」
「は?意味のわからない取り引きだ」
「友隆、警備が来るなら大丈夫!逃げて!」

 彩子が叫ぶと、晃志郎はカッと眉を吊り上げて彩子を壁へ打ち付けた。

「黙れ!」

 晃志郎が彩子のスカーフを捻り上げ、苦しそうに彩子の顔が歪む。
 友隆はここで自分が殴りかかっても、晃志郎に敵わないことは日々の暴力で理解していた。戸惑うこと無く、応接用のガラステーブルに置いてあった洒落た花瓶を手に取ると、それで思い切り後頭部を殴った。
 ガシャンと鈍い音がしてよろめいた晃志郎は膝を着き、その手から彩子が解放された。座り込み、咽せている彩子に友隆が駆け寄る。だが、晃志郎は痛む後頭部を押さえて立ち上がり、友隆の腕を掴んだ。

「…?!」

 怒りが体現されたような晃志郎に引き寄せられ、腰を掴まれた友隆は放り投げられた。応接テーブルに大きな音と共に勢い良く落下し、友隆は一瞬息が止まった。

「友隆ぁ!!」

 逃げる為に起き上がろうとしたが、友隆はうまく身体が動かない。脇腹にガラステーブルの大きな破片が刺さっていた。こんな風に割れるなんて。年季の入った古いテーブルだと思っていたが、ガラスも古い安物だったのか…と友隆は場違いな事が脳内を巡っていた。
 晃志郎は細かいガラス片を靴で押し除け、友隆の身体を跨いで膝を着いた。
 こんな状況でも自分を上から見下ろす男を友隆は無表情に見つめてから、彩子の安否を確認するように視線を外した。彩子は怯えながら電話をしている。

「大丈夫だ…」

 友隆の囁きに晃志郎が『なんだ?』と顔を寄せた時、友隆は手の届く範囲のガラス片を握ると晃志郎の太い首にそれを思い切り突き刺した。深く。ガラスを握る自分の手も切れたが、気にせずに深くまで刺したガラスを引き抜いた。
 
「だめ!友隆ぁ!!」

 彩子の絶叫を聞きながら、晃志郎が呆然と自分を見下ろす表情に自然と友隆の口端が上がる。

「俺の、ものだ、友隆」

 晃志郎は刺された首を押さえながら、自分を見て笑う友隆を焼き付けるように目を見開いて笑った。喉が切れ、血液がごぼっと空気を含んで零れ落ちる。気道にも流れ込むであろう血液に一度咽せて、ゆっくりと身体が倒れた。
 死んでもなお、自分に伸し掛かる男の重みを感じながら、友隆は薄れる意識を手放した。







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