限界まで捻った腕に身体を寄せ、口を使ってがんじ絡めのシャツを外し始めた友隆を見て、大きなため息を吐き出した晃志郎が言った。

「悔しいとか、悲しいとかねぇのかよ。呆れるわ。そんなに泣きたくねぇのかよ」
「悔しくもないし悲しくもない」

 さっさと消えろ。と呟くと友隆は絡まったシャツに噛み付いて引っ張り、腕をなんとか解いた。どろどろと下半身を濡らす感覚に嫌悪し、ふらつきながらベッドを下りた。今更、自分で噛み締めた腕の痛みも感じ始めて眉を寄せた。
 壁に手を着いてバスルームまで引きずるように足を進める姿を見て、晃志郎は鼻で笑うと玄関へ向かった。蛞蝓のように遅い。

「いつか俺のモノにしてやる…俺の匂いで射精しちまうくらいに調教だ」

 晃志郎は快感で支配できない友隆の背中を見つめて唇を舐めた。もっと、もっと身体に教え込む。理性が強いのか、なかなか堕ちない。恐怖が通用しなさそうな様子に、この際薬を使ってもいいとさえ思い始める。あの無表情をどろどろに崩して、今までの男たちのように自分の名前と卑猥な言葉を永遠と叫ばせてやる。媚びて自分から咥えるくらいの淫乱にしてやる。晃志郎はふつふつと燃え上がる欲望で満ちた双眸を一度閉じた。

「明日も穴濡らしとけよ!」
 
 晃志郎の声掛けを無視して、友隆はバスルームのドアを開けた。





 彩子の用意した友隆の部屋は、晃志郎の為のヤリ部屋に成り代わっていた。
 この一週間、毎日乱暴な性行為を強要されている。
 晃志郎はマルチ商法やネットワークビジネスで儲けているようで、仕事という仕事をしている様子がない。暇さえあれば友隆の部屋に侵入し、友隆の帰宅を待っていたかのように襲い掛かる。彩子の為ではない行為を強いられる事にうんざりしていた。
 
「きゃっ!!友隆?!」

 女の悲鳴で友隆はゆっくりと意識が浮上した。夢も見なくなっていた。
 友隆は裸でバスタブに座り込み、シャワーを出しっぱなしで寝ていたようだ。水圧が低いところを見ると、止めようとしたのか出そうとしたのか。とにかく
ずぶ濡れで小さく身体が震えている。

「ちょっと、大丈夫?頭打ったの?…やだ!ほっぺのところ、痣になってる…ひどい…」

 彩子はストッキングが濡れるのも構わずバスルームに入りシャワーを止めた。膝を着き、友隆の顔に触れて頭から爪先まで視線を滑らせた。

「…寝てた…何時ですか」
「昼よ。いつも時間通りにのあなたが出勤して来ないし、電話にも出ないから…慌ててきて正解だったわ。ね、立てる?」

 もう五十代手前であるのに、きちっと化粧で作られた顔が悲しそうに歪むのを見てから友隆は差し出された手を優しく取った。

「…晃志郎にされたのね。最近すごく執着していて、あえて私はこの部屋に呼び出さなかったのに…」
「…そうなんですか」
「そうよ!2週間も友隆のエッチを見ないで我慢してたのに、してたの?!」
「はい。あのゴリラが勝手に部屋にいるんです。毎日」

 表情一つ変えない友隆の大した事ではない…とでも言うような言い方に彩子は驚きに一度言葉を失った。それから大きなため息を吐き出した。

「言ってよ!友隆だって相手にするの嫌なら断ればいいじゃない!」
「言葉が通じない。昨日も…彩子さんが居ないからってて断りました。でも、顔面殴られて気を失ったのかもしれません。俺は記憶にないですが気づいたら裸でアイツのちんこが腹にあったんで」

 痛む頬にふやけた手を当てて友隆は冷静に考察しながら話した。
 抵抗すればするほど殴られ、拘束される。最近は『愛してる』と言うまでペニスは達する事を許されず、でも決して言わない友隆はセックスの最中にも殴られていた。
 彩子は淡々と話す友隆に謝りながら、バスルームから連れ出してタオルで彼の身体と髪を拭いていく。

「部屋を変えるわ。違う子を晃志郎には紹介する」
「…は?大丈夫。俺は今まで通りで。今回は本当に………俺のミスです。だから」
「大丈夫じゃない。手首にも痣があるわ。友隆、大丈夫って頭では思っても身体が限界なのよ。バスルームで寝落ちなんて危なかった」
「大丈夫です」
「なっちゃん達のことなら、約束…契約したでしょ?心配しないで。会計士の仕事もあっという間にこなしてるんだから、綺麗な顔で椅子に座って仕事してたらいいの。あ!着せたい新作のスーツが何着かあるのよー!あと、夏にはコモ湖に行きたいの!水着きてくれるわよね!あー素っ裸でもいいなぁ…泳いでる姿を水中カメラマンに撮影してもらいましょ」

 部屋に飾るのが楽しみだわ!と訳の分からない願望を口にしながら、明るく努める彩子の手に友隆は触れた。微かに表情が柔らかくなる。

「なんでもいい。彩子さんの好きにしたらいい」

 その手に頬を寄せた友隆の表情に、彩子は時が止まったかと思うほど視線を奪われた。頬が熱くなり、息をするのを忘れるほどの恋心のような、生まれたばかりの赤子に誰しもが癒されるような、甘く苦しくたまらないものが胸を締め付ける。長い付き合いの彼女が初めて見た微かな表情の変化だったが、それほど魅力的な微笑みだった。  
 そしてその様子を部屋の廊下で立ち聞きしていた晃志郎もまた、友隆に魅了されたひとりといえた。

「なっちゃん?」

 晃志郎は吐息のように二人の会話に出てきた名を呟いた。そしてふたりの前に姿は見せず、静かに友隆の部屋を後にした。





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