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友隆が目を覚ますと、そわそわして落ち着かない様子の彩子と心配そうに自分の手を握る夏が視界に入った。
「…なつ…?」
「友隆…!!四ツ葉のおばさん!友隆起きた!」
夏に呼ばれた彩子が友隆に抱き着いた。
「よかった!」
友隆は状況を考えながら、晃志郎を殺した事を思い出す。自分ににも刺さったが、致命傷ではなかったと察して夏を見つめた。
「…大丈夫か?」
「それ、友隆だよ!大丈夫なの?」
頷いた友隆の頬を両手で包み、彩子は囁くように言った。
「友隆は悪くないわ。正当防衛が充分認められる。アナタは私を助けて、自分を守ったのよ。そしてなっちゃんも守った」
「夏?」
「晃志郎は私たちの会話を何処かで盗み聞きしていたの。アナタと私の結婚は契約で、なっちゃんの名前も調べていたわ…」
友隆の無表情が、さらに強張った。
「アナタって本当、魔性の男ね。みんなが手に入れたがる。…ありがとう。守ってくれて」
彩子はぎゅっと友隆を抱き締めたまま涙声で伝えた。脇に立つ夏も、安心させようと友隆に笑みを向けた。
「これから警察が来るけど、無理をしなくていいから」
「大丈夫」
「友隆の大丈夫って、信用できないよ」
「そうね、なっちゃんはよく分かってるね」
笑い合うふたりに、友隆は微かに目を細めた。
夏は友隆のほんの僅かな笑みに一瞬囚われた。けれど、すぐに笑みを向けて友隆と彩子を抱き締めた。
「ふたりが無事で本当よかった…無事、じゃないか、ごめん」
申し訳なさそうに眉を下げた夏だが、いつもと変わらぬ友隆の様子に表情が緩む。そのまま、夏が医者を呼びにナースコールを押していると、友隆は彩子に視線を変えた。
「…彩子さんの趣味はどうなる?晃志郎の奴がお気に入りだったんですよね」
「やぁだ!気にしないでいいのよ。いっぱい動画を撮ってあるから。…もしも友隆が嫌じゃなければ、またお願いしたいけど」
うふふ、と笑う彩子に、友隆はこれ以上追求する事をやめて頷いた。
医者が病室に現れ、診察を始める。
「嘉苗と紫乃さんも呼べるかな?」
「警察の次かしらね。私もこんな事初めてで疲れたわ…ホント、飽きない男なのよ、友隆は」
「いつも同じ顔してるのにね。ホント、何考えてるか分かんないし、酷い事普通に言うし、冷たいところあるけど…すごくみんなの事を考えてくれるし、優しく思えなくても優しいところもあるんだよ?四ツ葉のおばさん。これからも友隆をよろしくお願いします」
彩子は以前に比べて笑顔がキラキラしている夏に目を細めて微笑んだ。友隆が守ろうとしているものが、何にも変えられないものが夏だと彩子にも分かる。
一時は壊れかけた関係だった友隆と夏。だが、夏は諦めなかった。今の、父と息子という関係に落ち着き、心の平穏を取り戻した夏を心から嬉しいと思う。
彩子は偽りの無い気持ちで微笑んだ。
「ありがとう。なっちゃん。友隆の事は任せてね」
昔、自分が『男だった』頃に経営していたソープにいた子供たち。特に友隆は感情が欠落したように無表情で愛想がなかった。けれど、それが彼の魅力だと彩子は感じていた。どんな事も人形のような顔で受け入れ、対応する。そんな友隆が欲しかった。
ずっと我が子のように育て、一番側で成長を見守れるだけで満足だと思っていたが、成長するにつれてその外見の魅力は爆発的に溢れ出た。ヤクザにはホストやウリ商売を勧められ、店を潰すと脅された。
彩子は店を解散させ、高校生になった友隆に住処とお金を託して一度離れた。それから、ずっと見守りながら別人になる為に尽力した。
男から女になり、友隆の警戒心を減らした。人との付き合いが苦手な友隆を相手にしても、彼をよく知る彩子は扱いが上手かった。仕事のフォローをしながらそばにいる事が出来た。そして友隆を手に入れるチャンスも訪れた。
何にも変えられない存在。彩子にとってそれは友隆だった。
歳を取り、男ではなくなり、彼を抱く事は叶わない。けれど、契約とはとは言え、男とセックスまでしてくれる。頭はいいのに、本当に馬鹿で可愛い子だ…と緩む顔が抑え切れない。ぽつりと彩子の要望が唇から溢れた。
「俺の、友隆…」
社会で働けるように仕事をさせ、家族と上手くいくように見守り、自分へのご褒美に彼に着せたい服を着せ、触れ、見つめ、側に置く。
遠回りではあったが、夢が叶った。
彩子はいつか友隆が笑顔や泣き顔を見せてくれる事を望みながら、この歪な関係を甘んじて続けるだろう。
「彩子さん、大丈夫?」
「私は大丈夫よ。友隆…これからも側にいてね」
彩子は友隆の頬に触れ、無感情に己を見つめる相手に至極優しく微笑んだ。
たとえ微笑みを返される事がなくても、一番近くに居られるだけで満足に近い。
自分を殺してでも、手に入れたかった。形だけでも手に入れた。
「これからもずっと、愛してるわ」
end.
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