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「あれ、有沢……オレンジジュース1ダースしかねぇんだけど……」
公園広場の一角にビーチパラソルと丸テーブル、イスを並べていた想は額の汗を手の甲で拭うと、顔を上げて首を傾げた。
「え?島津、ちゃんと確認してよ」
「したっつの。ほれ、納品書」
想の元に来て、島津は納品書を想へ差し出した。
それを見た想は言葉を無くして注文数「1」に目を閉じた。
「「蔵元……」」
想と島津の力の無い声が夏の晴れ空の暑さに押し潰された。
「……どうしよう。子どもたちへの無料配布用なのに」
「酒屋のおいちゃんに聞いてみるわ。有沢はバイトの皆とテーブル設置の方を頼む。最悪、コンビニやスーパーで買うしかねぇか。運ぶのが怠いな。くそっ」
『ったく、肝心の蔵元は夏風邪かよ』と言う島津の呟きはどうしようも出来ない現実を噛みしめているようだ。誰のミスでも、なんとかせねばと二人は黙々とやることを続けた。
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外はほんのりと暗くなり、屋台や提灯の明かりとお祭りムードの音楽で商店街からそこを抜けた広場まで続き、賑わいを見せている。
浴衣姿のカップル、家族。普段とは違った賑わい方見て、想は凍ったジョッキにビールを注ぎながらぼんやりとそれを眺めていた。
「3卓、生4つです!お子様ひとり!」
想は、いつものバイトの声を聞いて次々とビールを注いでトレーに乗せる。
ビールサーバーの足元にある氷水を張ったタライからラムネを一本取り、さっと水滴を拭いてトレーに加えた。
「有沢さん!ラムネは子どもに大人気ですね!」
ビールを配り終え、次のビールをもらいに来た藤井が可愛らしい浴衣姿で想に笑顔を向ける。
「そうだね」
想の笑顔に、藤井は笑みを深めて頷いた。
新たなビールをトレーに受け取り、デーブル席の方へ戻って行く 。
その後ろ姿を見ながら島津は大袈裟なため息を、敢えて想の後ろで吐き出した。
「彼氏も作らねえで有沢にあんな可愛い笑顔向けて。藤井も報われねえな」
「俺はちゃんとお断りしたから、報われないとかないから」
「マジで?!」
「彼女いるか聞かれて……ずっと好きだった人と付き合ってるって、言った」
賑わいを見せるビアガーデンを見ながら、想は恥ずかしさを隠すように口元に手の甲を当てて小さく呟いた。
島津は想が新堂との関係が世間的に言う『恋人』と言うものなのか、男同士ということもあり明確に位置付けられずに居たことを知っている。
その想が、藤井に恋人がいると言ったのだ。藤井には相手が男とは言葉から分からないだろうが、想と新堂をそばで見てきた島津には分かる。
酷い生活から、一般的に普通の生活に馴染み、想の中で新堂がハッキリと恋人と言える様になったのかと思うと、島津は柄にも無く微笑んだ。
「島津……気持ち悪い……」
それを見た想の心底からの言葉と表情に、島津はヒクっと口端を震わせると、いつもの様子を取り戻して想の鳩尾へ拳を減り込ませた。
「っう"……!」
「新堂さんは流石だな。10分足らずで見込みの数をカバーする量の代替品を用意してくれんだからなぁ。お前には勿体ねぇお方だわ」
想は腹を押さえて痛みが引くのを耐えながら、内心言い返せない自分に奥歯を噛み締めた。
「……けど、新堂さんがお前がいいってんだから自信もっていいんだろうな」
島津自身、想を認めている。雑な言い方にもどこか温かさがあるのはその為だろう。
想が返す言葉に困っていると、島津は鼻で笑って生樽を取りにさっさと即席の物置へと行ってしまった。
*
「あれぇ……有沢さんは?」
祭りの雰囲気も嘘の様に無くなり、屋台や明かりが片付けられていく。想の叔父であり、ヤクザの若林の部下の中でも割りと若く、柄の良さで選出された青年たちもテキパキと手伝いをこなしていた。
アルシエロのビアガーデンも同じように机は畳まれ、椅子が地区のトラックに乗せられていく。
片付けが済んで店で打ち上げをしようと従業員達が歩き出す中、藤井は見当たらない想の姿をきょろきょろと探しながら呟いた。
「有沢なら帰ったぞ。ほら、ラムネを大量に用意してくれた人、有沢の恋人だから、礼でもしに行ったんだろ」
「え!そうだったんですか……!すごい頼りになる女性とお付き合いされてるんですね……勝てないなぁ……」
可愛い笑顔が、しゅんとした表情に変わる。
島津はポンと藤井の頭を撫でた。
『すごい「男」だけどな』と言う島津の心の呟きは苦笑いに消え、藤井は島津の背中を押して明るく笑顔を向けた。
「こうなったら今夜はとことん飲んでやりますよぉっ!」
「おう、飲め飲め。全部、有沢が払ってくれるから気にせず飲みまくれよ」
『はーい!』と跳ねそうな明るい声で、笑顔を弾けさせて藤井は頷いた。
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