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 想と島津が秘密裏に日本を離れ、そんな噂がヤクザたちにも広まった頃、青樹組のトップ希綿が仕事に復帰した。
 有沢想と島津優含む彼らの知人友人へも危害を加えない事を厳しく求めた。もちろん、ヤクザ側に実害があれば話は違う。舐められてはいけない仕事柄だ。線引きをしろ、と強く求めた。
 『カラン』を街から消す事に貢献したことを考えれば、大半の者たちは頷いた。あとはそれが全体に伝わるのも時間が解決してくれそうだ。
 『カラン』に時間を与える事を許さなかったため、流通した薬も少なかったようだ。警察による回収だけではなく、ヤクザや古谷のようなグレーゾーンの人間たちのおかげもあり、夜の集まりも普段の姿に戻りつつあった。
 警察は中国系犯罪グループの逮捕として違法薬物での死亡事件を捜査し、ヤクザは岩戸田に繋がっていた者を徹底的に洗い出し、責任を取らせている。

「父さん。これから友達と服、見に行っていい?」
「うん。気をつけて」
「…もう騒ぎはいいのか?」
「表面上はね。いつもの街に戻りつつあるよ」
「確かに。みんなのピリピリがなくなったし、外出オッケーだもんな」
「凛には表面上で生活して欲しいから、あんまり色々気にしなくていいんだよ」

 楽しんでおいで。と手を振られた高校生三年になる末息子の凛耶は軽く頷いて玄関へ向かう。
 屋敷に住み込む一部の組員たちに凛耶が見送られる明るく騒がしい声が聞こえてくる。
 これから各組の情報交換のために何人ものヤクザがやってくる。そんな重苦しい時間の前の優しい普段のひと時に、希綿は口元に笑みを浮かべた。





「もうじき一週間経つのか。早ぇな」
「早くシャワーを思いっきり浴びたいよ」
「ははっ、確かに。水圧が物足りねぇよな」

 想と島津が話していると、ローアがふたりの日本語から『シャワー』という単語を聞いて視線を向けた。

『シャワー?』
『ここのシャワーの水圧が物足りないって話だよ』
『…日本の上下水道設備は素晴らしい。確かにホテルのシャワーも驚いた』
『やっぱそう思う?』
「ローアが褒めてるのは顔で分かる」
『島津が、「褒めてるって顔で分かる」って』

 島津の判断基準に真面目なローアが控えめに笑う。
 くだらない事に談笑していると、トニーが部屋にやって来た。普通の一軒家の為、開けっ放しのドアからも部屋は見渡せる程度の広さで、全員がひと部屋にいる事に彼は笑った。

『昼から酒でも飲んでるのかよ』
『は?ちゃんと仕事してる。…まさかその腕の紙も?』

 はい、どーぞ!とトニーがローテーブルに置いた紙の束は15センチほど。不動産や株等、全てをデジタル保存する仕事を当てられていた。想と島津もお世話になっているからと、整理を手伝っていた。
 言葉の分からない島津も、毎日見ているうちに見出しやスタンプでどう言った種類の書類か判別できるようになって来た。

「…日本のヤクザもマフィアも大差ねぇな。まともな仕事もこなさないといけねぇって」
『ローアとトニー以外にやる人いないの?』
『うちは少数だから。大きくなると管理も大変になるだろ?俺たち以外に十人くらいだよ。そっちはもっとオジサン達で、密輸とか危ない事してる。俺たち見習いは雑用、勉強、それからアリサワたちの子守』
「最後、馬鹿にしたろ?」
『ローア。最後バカにしたの、島津にバレてるよ』
『シマヅすげー!言葉分からないのに』

 通訳する想の言葉にトニーは楽しそうに笑いローアはクスッと笑って作業に集中する様にパソコンに向き合う。

『ひと段落したら飲みに行きたい。アリサワ、またワインの飲み比べしよう。どうせトニーはガブガブ飲んでガツガツ食べるだけだから、シマヅに相手してもらえるかな?』
『んだそれ!ひでぇな。そんなんだから友達いねぇくせに』

 トニーは顔を歪めてローアの頭を小突く。
 笑っているローアを見て、想も島津も笑うのを耐えながら書類の分別を再開させた。
 




 部屋の一室に4人で集まり、仕事に勤しむ姿を隠しカメラの映像で見ていたエドアルドは微笑んだ。お互い仲の悪かった2組も、無理矢理飲みに行かせて同じ屋敷に押し込んでおけば、相性次第でここまで親しくなれるものがと。

『若いって素晴らしい。可能性の塊だ』

 気難しく真面目でプライドの高いローアと、ローア以外になかなか心を許せない大雑把で大概の事に無頓着なトニー。組織の中でも特に年齢の若いふたりは古株と打ち解ける事が出来ずにいたが、いい経験になったかな…とエドアルドはひとりで頷いた。
 コンコンと控え目なノックに『どうぞ』
とエドアルドが返すと、難しい顔の男が入ってきた。輸入関係の脱税を担当をしている者だ。

『その顔、良くなってからまた来なさい。悪い報告はいりません。』
 
 開けたドアより中に踏み入れる事が叶わず、男はエドアルドに睨まれて肩を震わせた。
 静かに閉まるドアへ、エドアルドのため息が向けられる。時代の移り変わりに置いていかれない為にも、若い世代を取り入れなければと思案しながら、本人たちも了承済みの隠しカメラの映像へ再び視線を向けた。







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