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 少しすつ騒がしい様子が収まり、想は若林に電話をかけた。すぐには出ず、けれど想も諦めずに待った。すると数秒後、いつもの様子の若林が電話に出る。今、どんな状況か知っている分、声の明るさに笑ってしまいそうだった。

『おう、想。どうした?』
「ごめんなさい!いま近くにいるんだけど、タイランに会わせてもらえない?」

 想はこれでもかと言うくらいの早口で言いたい事を言った。途中であーだこーだ言われないためだ。

「さっき病院で言った通り、タイランが必要だよ。…生きてる?」
『…生きてるよ。俺たちが踏み込む前にボコボコにされてたみてぇで、気を失ってる。想が言ってたように『カラン』を切ろうとしてたのかもな』

 若林の説明に、想と島津はホッと息を吐き出した。タイランは嘘は言っていなかったようだ。ならば尚更連れ帰らねばならない。

『古谷がいたろ?お前らが現れた時にお前を近付かせない為だ。俺がタイランを担いで出るから、そこに居ろ。島津もいるか?』
「はい」
『タイランを運ぶなら車がいるだろ?バイクは組のヤツに届けさせるからビル前の白いセルシオ使え。キーは挿してある』

 島津は返事をすると身を屈めたまま言われた車を目指して動き出した。

『『カラン』のボスらしき女は俺と警察で処理する。いいな』
「うん、分かった」

 電話が切れてから数分して若林がタイランを軽々と肩に担いで通りに出てきた。古谷が想たちの居る方を指差して若林に教えた。

「ほれ、意識も戻った」

 若林は乱暴にタイランを下ろすと、想の頭を撫でようとして止めた。汚れていた為、そっと顔を近づけて頭にキスすると再びビルへ戻って行く。

「ありがとう。どうして『カラン』がここに居るって分かったの?」

 若林の背中に想が問いかけると、振り向いた彼は口端を上げた。

「新堂だよ。候補の目星は付いてたんだろう。たまたま当たりだったが、残党は別の場所にも居るはずだ。根絶やす」

 病院で、今にも死にそうになりながら、それでも己に託してきた新堂の弱った姿が蘇り、若林は拳を握りしめた。
 メラッと若林の瞳が怒りに燃えたような気がして、想は頷くだけで終わった。足元に座り込むタイランへ視線を変え、しゃがみ込んで視線を合わせる。

「大丈夫?」
「イヤ、ちょっとムリよ」

 言葉では否定しながら、言い方は明るく笑みを作ろうとして顔の痛みに歪むだけに終わる。

「…アリサワソウ。来てくれたんダネ。メガネはダイジョーブ?」
「蔵元を逃してくれてありがとう」
「俺、何もナイから、カラダ張る」
「腹立つけど、信じるよ」

 想がタイランの肩に手を置くと、タイランは座ったまま想に抱きついた。

「指が殆ど折られタ。ズボンの後ろポケットから兄貴とリアのやり取りのコピーとってくれる?」

 身体に力の入らない様子のタイランを支えながら、言われた通りにUSBメモリを抜き出した。

「ちゃんと受け取ったよ」
「謝謝」
「こんなにやられて、よく生きてたね」
「ハハッ、これからマフィアにもっとヤられる。早く終わりしたいナ」

 タイランの声は段々と勢いが無くなり、穏やかに己に言い聞かせるような囁きで終わった。それ以上は言わず、想に身体を預けたまま動かない。
 想でもヤクザやマフィアが楽に死なせてくれる訳が無い事は想像出来た。それでも彼は身を差し出した。救われたくて。

「…これから俺たちのお店に連れて行くね。多分もうイタリアにデータ類を渡してるはず。……コレ、必要になったら使って」

 少し迷いながもたれ掛かったままのタイランを離し、想は痛々しく指が折れていろんな方向に向いているタイランの掌にカプセルを乗せた。

「ナニ?」
「飲んだら死ぬ。カプセル入りだから、溶け始めるのに1〜2分。中身が漏れたら割と直ぐ」

 説明してから、想は目を伏せた。これは違うかも…と。けれど、タイランが掠れた声で笑った。

「優しいナ」
「優しく…ない。生き死には俺が決める事じゃないのは分かるし、許せない気持ちもあるけど…タイもたくさん苦しんだと思うから」

 一度は離された身体をもう一度想に預けて、タイランは力の入らない腕で抱き締めた。弱々しいその力に、想は背中を抱き返す事しか出来ずに力を込めた。タイランの小さな笑い声が掠れた。

「死ぬ時、ひとり。でも、今のこの、あったかいの思い出す」

 そう言ってタイランは起き上がった。島津が車を寄せて来て、想はタイランを補助しながら乗り込んだ。

「シマヅー、アリガトウ」
「おう。蔵元の事助かった」

 タイランは頷いて答え、座席シートにもたれ掛かる。ホッと小さく息を吐き出し、全ての力を抜いて目を閉じた。

「おつかれさま」

 想は囁くように誰に向けるでもなく呟いた。








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