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 想は扉に近づき、外の気配を探ろうと耳を澄ませた。蔵元は島津に促されて荷物のバックパックを前に抱えてカウンターへ身を潜める。島津が扉の前に来て、拳を握った。

「おーい、島津のバイクあるけどいないのー?」

 身構えていた想と島津は、凌雅の声に驚いて止まった。柴谷凌雅。元・白城会、前トップの息子で、ヤクザをしていた頃は新堂が側に置き教育していた男だ。今は新堂がフロント企業として使っていた会社を『社会的にまともな会社』として受け継いだ若き実業家。
 予想していなかった凌雅の声に驚いたものの、想がゆっくりと扉を開けた。
 凌雅は想の顔を見ると笑顔になった。整った顔立ちが笑うとさらに魅力を増す。人好きのする雰囲気を漂わせ、多くの者を魅了する才能を持つ男だ。着飾る時は徹底的に。けれど、今はストライプのワイシャツの上からベージュのプルパーカーを着て、黒いジョガーパンツ姿という、とても社長とは思えない格好だ。

「あ、想君もいた!よかったー!みんな無事?新堂さんに連絡取れなくなったら有沢君の無事を確認する様に言われててさ。色々聞こえてくるクスリ関係のウワサは酷いし、パトカーの量もハンパじゃないし、慌てて来たんだ」

 凌雅を店内に招き入れると、蔵元がカウンター下から立ち上がり頭を下げた。

「お、蔵元も元気そうだね。メガネどうした?コンタクトにしたの?俺はメガネ蔵元派かなぁ」

 緊張気味だった雰囲気を爽やかに壊しながら凌雅はカウンターのハイチェアに腰を置いた。

「さーて、俺が手伝う事は何かな?」

 凌雅の質問に、全員答えられずに見合った。数秒の沈黙の後、想は口を開いた。

「凌雅さん、来てくれて嬉しいです。でも…凌雅さんみたいな良い人を巻き込むのはダメかも…」

 次第に言葉が萎んでいく想を見ていた凌雅は微笑んで立ち上がると、想の側にやってきた。凌雅は俯いたままの想の両手を握ると、ぎゅっと力を込めた。びくっと肩を震わせた想の、俯いたままの顔を覗く。

「可愛い弟みたいに思ってる想君にそんな事言われると、お兄ちゃん余計に頑張りたくなっちゃうんだよね。それに、新堂さんと仕事してた俺が良い人なんてナイナイ。良い人ぶってるだけよ?」
「じゃ…じゃあ!俺と一緒に居てください!」

 想が凌雅のペースに飲まれつつあった中、蔵元が手を挙げた。島津も頷く。想は自分の両手を握る凌雅の手をぎゅっと握り返した。

「…お願いしてもいいですか?」

 顔を上げた想と凌雅の視線が合う。

「当たり前、任せてよ。何すればいい?」

 ひとり残る事に不安と不満でいっぱいだった蔵元は頼れる味方を得てホッと肩の力を抜いた。彼は外国語は堪能だし、交渉も上手い。凌雅を寄越してくれるとは、さすが新堂さん!と目を瞑った。癖でメガネを直そうとして、それが無い事に気が付いて慌ててロッカーへ取りに行く。
 島津が取引の流れを説明している最中、想は店の隅で新堂の携帯電話からイタリア人を呼び出していた。以前、店に来た人間である事に間違い無いと記憶を辿るが、電話に出たのはエドアルドの代理と名乗る女性で、言付けると言われた。想は『アルシエロに来て欲しいが、出来るか?』と尋ね、電話の女性は『構わない』とだけ伝えて通話を終わらせた。

「…漣…」

 暗くなった画面に映る自分の顔を見て、想は無意識に新堂の名を呟いた。凌雅が来た。離れていても、動けなくても、自分の事を考えてくれている。そう思うと自然と涙が溢れてきた。張り詰めていたものが緩みかけ、まだダメだと、慌てて顔を擦った。
 島津は想の背中を見て少し声を掛けるのを迷ったが、そんな島津を察して凌雅はウィンクを残し、想の方へと歩んだ。そっと肩を抱き、パンツのポケットからアメを取り出した。凌雅はニコッとしてから、ポカンとしている想の口へ包装から取り出したアメを押し込む。

「疲れた時は糖分」
「あ…ありがとうございます」

 モゴっと口を動かしながら、想は甘いパイナップルの味が広がり自然と顔が綻んだ。

「これ、島津にも」

 島津へ投げ渡された小さなアメは、彼の手に収まった。島津はそのアメをじぃっと見つめて、ただの甘い塊の存在を大きく感じていた。

 




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