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「有沢」
「了解」

 警察の包囲網が青樹組の一番大きな事務所の邸宅を囲んでいる。警戒している警察官もいる中、裏道から入り、塀越しに首の入ったバッグを投げ入れて逃げる。バイクに乗ったままの一発勝負に、ふたりは大きく深呼吸して意を決する。島津がエンジンをふかして回転数を上げた。

「行くぞ!」

 ブォオ!と排気音を響かせ、住宅街の裏路地をなかなかのスピードで走り抜ける。想はカバンにつけた防犯ブザーを引いた。瞬間、けたたましい音が鳴り響き、警戒している人間たちが騒ついて音の方へと集まりだす。想はカバンを塀の中へ放り投げ、ぎゅっと島津に掴まった。そのまま猛スピードでばらつき始めた包囲網を走り抜ける。
 何人かに気付かれたが、島津のバイクよりも防犯ブザーの方へ引き寄せられて行く。
 カバンを投げ入れられた青樹組は、騒がしくなったのも束の間。防犯ブザーを止めて中身を見た下っ端が悲鳴を上げた以外は静寂に包まれた。岩戸田の首だ。歯を抜かれ、鼻を削がれた無惨な塊。
 ひとりが大きなため息を吐き出すと、周りが動き始める。希綿が不在の今、幹部たちが連絡を取り出した。何人かは警察の対応を始めていた。





 アルシエロに向かっていた想と島津が店の前に立つ蔵元の姿を見つけて息を呑んだ。タイランの姿がない。
 島津は店のギリギリまでバイクを寄せるとエンジンを切ってヘルメットを外した。

「島津、想くん、ごめん!」
「どうしたよ?タイランは?」

 ノートパソコンを片手に抱えて突然の謝罪をする蔵元に島津はバイクを降りながら尋ねた。想も続いて後部から降りると蔵元に心配そうな視線を向けた。
 蔵元はメガネをしておらず、ふたりに頭を下げたまま。

「タイランになにかされたの?」

 想が蔵元の肩に手を置き、顔を覗き込む。怪我がないか確認する様に上から下へ視線を送る。

「違うんだ。タイランは守ってくれて…。今さっき、店に着いたところってゆーか…」
「守ってくれた?」
「ああ。岩戸田の言ってた駅前裏の空きオフィスでUSBをゲットしたすぐ後、たぶん『カラン』の連中がタイランを追ってて見つかったワケ。タイランは俺にUSBをくれて、逃げろって叫んだ。…俺、ビビっちゃって…タイランがメトロ指差すから必死に走って、タイラン…取り囲まれてた。すげー慌てて走ったから、人ゴミで色んな人にぶつかってスマホもメガネもどっかやっちゃうしさ…パソコンだけは抱えてたからこの通り無事なんだけどね…」

 蔵元が思い返す様にぽつりと経緯を漏らした。ふたりは蔵元の無事にホッとして、顔を見合わせた。

「蔵元が無事でよかった。メガネのスペアとかある?持ってくるよ」
「ロッカーん中にあるんけど、車で駅前まで行ってメトロ使って帰って来たから車ン中に店の鍵置いてきちまって…ホントごめん…」

 落ち込んで背中が丸まりっぱなしの蔵元の背中を島津が強く叩いた。バチンと軽い痛みと共に音がして蔵元は驚いた様に声を上げた。

「あひょっ!!!」

 そのまま『close』の札が掛かっている扉の鍵を開けて店内へ入って行く島津を蔵元が見ていると、その背中を想は押した。

「怪我しなくてよかったね。タイランを探そう」
「…えーっ?!GPSは上手く拾えてるから場所はすぐ分かるけど…ビルの場合は何階かまでは分からない…」

 店に入りながら抱えていたパソコンを開いてタイランの位置を指差した蔵元に島津が頷いた。

「じゃあ迎えに行くか。蔵元はイタリアさんに渡す物を全部まとめて此処で待機だ」
「え…?!俺も行くよー!」
「多分、島津は罠だったらって考えてるからだよ、蔵元。揃えた証拠を持って行って、タイランが実は俺たちを利用しただけだったらヤバいって事」

 蔵元は息を呑んだ。タイランが拉致されたのも『カラン』とタイランの合流計画だとしたら…可能性は捨て切れない。何度か頷いて、蔵元はふたりの冷静さに後頭部を掻いた。

「じゃあ…俺は此処で証拠物をイタリアさんに渡せばいーい?日本語しか話せんのだけど?」
「うん。これから漣のスマホで呼び出すね。蔵元の事も説明する。お願いできる?」
「タイランの位置も把握出来てるし、急ごうぜ。タイランを確保できるように有沢と俺が乗り込む」

 島津の言葉に想は頷いた。蔵元はそんなふたりへ心配そうに視線を向けてから、大きなため息を零した。

「絶対危ない…もう、タイランは放っておいてよくね?GPSをイタリアさんに見せようよ」

 蔵元の弱々しい言葉に蔵元は微かに笑った。

「マジそれな。けど、一応休戦の約束したからなぁ…」
「そうだね。タイランの身柄も渡す物リストだし」
「………あーはいはい。俺の出来る事は此処にいて、イタリアさんにちゃんと渡す事ー。でも!すぐにイタリアさんにもタイランの所にも向かって!って言うからな!」
「それで問題無い。ひとりで大丈夫か?」
「心配してくれんのー?それなら行かないでよ。無理でしょ?無理でしょーね。知ってますとも」

 想はヤケ気味な蔵元の様子に思わず笑ったが、不意に店の扉がノックされ、空気が変わった。

 





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