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 青樹組、組長の希綿悠造は腕を負傷したものの、命に別状はなく既に個室の病室へと移されていた。部屋には二人の組の者。廊下には刑事が待機しており、制服姿の警察官も何人か病院内を警戒している。緊迫した空気が流れているのは医師や看護師、病人にも分かるだろう。あまり出歩く人はおらず、しん…と静まっている。若林は警戒態勢の希綿の病室がある三階を通路の奥から、ちらりと盗み見た。それから登ってきた階段をそのまま下りて戻る。

「…まさかな」

 若林は、ふと足を止めると考え込むように顎に手を当てた。
 警察の捜査や目を青樹組、希綿に向けさせる為に敢えて庇ったのか?しかし、新堂は馬鹿では無い。死ぬかもしれない危険な方法を選ぶとは考えにくい。若林は考えすぎかと大きめの溜め息を漏らした。
 関係者用の通路を使い、新堂の入れられている治療室へ向かうが、途中で言い争う様な声が聞こえて足を早めた。聞こえた声は新堂漣の声だった。

「いいから、外せ…!」
「ダメです!抜管後です!安静ですよ!」

 若林はベッドから起き上がっている新堂の姿を見て慌てて部屋へ入る。看護師は家族だと言われている若林の姿に助けを求める様に視線を向けた。察して若林が駆け寄り、新堂の肩を押さえた。

「何やってんだ?!」
「出ないと」
「こんな状態でか?!」

 痛みと、薬による不快感、倦怠感、息苦しさ。新堂の表情はそれこそ眉を寄せている程度だが、顔色の悪さや震えは尋常では無い。

「想が心配なのは分かる。けどな、そのナリじゃアイツが驚くぞ。お前はそんな腹に穴空けてグダグダに弱ってる姿見せていい人間じゃねぇだろ。スーツ着て、離れた場所から事を片付ける役割だ。前線で戦うのは俺みたいなやつだろうが」
「じゃあ…早く着る物持って来いよ…」
「分かってねぇな」
「分かって、ねぇのは…お前だ!」

 若林は自分の腕を掴む新堂の手の弱さに険しく眉間に皺を寄せたまま睨み付けた。閉じてしまいそうな新堂の目蓋が苦しそうに時折歪む様に閉じられる。行かせるわけにはいかないのは一目瞭然だ。

「『カラン』の資金は…中国裏社会の…タオ・ジーの息子、ジャアーンだ…ヤツは、もしかすると、イタリア側に金を…回すかもしれねぇ…どうにか、話を…」

 聞こえるか聞こえないかの絞り出される声を若林が聞いている最中、看護師が点滴に薬を入れようとしているのが視界に映った新堂は点滴を抜こうとのろのろと手を動かした。それを見た若林は止めようと腕を掴むが、新堂がわずかな抵抗を示す。若林は思わず新堂の額へ頭突きをお見舞いした。

「ぐあっ…!」

 鈍い衝突音と新堂の呻きに、隣に居た看護師は悲鳴と共に固まり、新堂もまた衝撃で気を失ってベッドへ倒れると動かなくなった。

「…す、すんません…思わず。大丈夫すかね…」
「うう、何これ怖い…普通起き上がったり出来ない状態なんですよ…もう、薬も入れたので暫く様子見ます」

 騒ぎに駆けつけた医師も加わり、ベッドへ繋がれた新堂に若林は冷や汗を感じながら少し離れた場所からそれを見守った。

「必死とかやめてくれよ…くそっ」

 弱々しく、睨みつける瞳さえ辛そうだった新堂を思い出して若林は拳を握りしめた。加えて、新堂が懸念していた事がじわじわと若林の中にも広がっていく。本当に『カラン』がイタリア側を丸め込んだとしたら、混乱と薬が野放しに広がり、荒らしは成功。『カラン』が条件を突き付けてこの街に居座る事になるのだろうか。
 若林はそんな不安を握り潰す様に拳を握りしめると深く長く息を吐き出した。顔を上げ、短い前髪を掻き上げるとその表情は先程まで新堂の身を案じ、想を思った時とは違い、どこか冷たさを感じさせる雰囲気が滲む。

「許せねぇなぁ…分かってるよ、新堂」

 握った拳をスラックスのポケットに押し込み、想に押し付けられた二人のリングを握り直した若林は、それを看護師に託した。若林の雰囲気に震える手でそれを大切に受け取った看護師は患者の意識が戻ったらすぐに渡そうと心に誓う他なかった。







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