4





「いただきます」

 ガラスのローテーブルに置かれた夕食を二人で食べながらニュース番組を眺めていた。
 幹汰の母親はいつも凝った料理に副菜も何品目も揃えていた。その食卓に比べてかなり質素だったが、味わって食べられる気がして幹汰は驚いた。食事とは本来こうあるべきで楽しむものなのだが、小さい頃から緊張し、萎縮して取っていた食事は味もなにもあったものではなかった。
 幹汰はそんな些細な事を実感して視界が滲むのを堪えた。
 そっと頭を撫でてくる手に顔を向けると、遼平が「おいしい?」と聞いた。母親にも聞かれたことがない言葉に幹汰は戸惑い、答えられずに小さく頷いた。

「聞かない方がいいのかな。俺が力になれるなら何でも言って」
「…………泊めて」

 暫くの沈黙の後、それだけをなんとか遼平に伝える。
 甘え慣れていない幹汰はどんな答えが返ってくるのかドキドキしながら目を瞑った。

「いいよ、布団干してないけどそれでよかったら」

 あっさり了承されて遼平を見ると既に食事を終わらせてお茶を飲んでいた。
 幹汰は「ありがとう」と呟いて最後の一口を食べた。
 お茶を飲みながら、どうやって弟と自宅に戻るか考えたがやめた。今は少し気を抜いて、また糸を少しずつ張ればいいと言い聞かせる。

「幹汰くん明日も学校だよね?制服ないけど…」
「明日行かない。ここにいてもいい?明日の夕方には帰るから…」

 心配そうな視線に幹汰は眼を伏せて理由を話せば今すぐ帰れと言われるかもしれないと考えた。親が心配する、それは大人がいつも口にする言葉だ。しかし遼平は理由を話さなくても話しても心配するだろうと思い、幹汰は家出のような事をしてしまった、と話した。

「弟は信頼できる担任の家に行って、さっき連絡が。担任の奥さんが俺の事も連れてきていいって言ってたみたいだけど、ここに泊まれたら助かる。俺、すごい…人見知りだから」

 隣に座っている遼平が幹汰に身体を寄せて小さく笑った。

「人見知りなの?意外だなあ…俺は特別?沢山会ってたし、セックスもしたから?」
「…否定はしないけど、俺友達もいないから遼平さんしかいなかった」

 ずっと勉強ばかりで小学校高学年、中学と、あまりクラスメイトの名前も覚えていない。
 高校では今まで培った勉強能力でそれほどがっついて勉強せずとも成績は保てたが、人付き合いは出来なくなっていた。
 遼平とここまで親しく慣れたのは様々なきっかけと時間が、狭い『ふくや』にあったからだ。

「俺もね、幹汰くんしか知り合いとか友達とか呼べる人がいないんだ。取引先の人とかくらいかな。祖父が亡くなってからは家族はいないし」
「え…?」
「小さい頃に親が離婚して、母と暮らしてた。母の恋人はいつも俺に悪戯してきて、13の時に犯されて、それ以来ずっとそいつに閉じ込められて20まで部屋から出たことがなかったんだ」

 衝撃的だった。幹汰は何も言えずにフローリングの木目を見つめて、そばにあった遼平の手を無意識に握った。

「母は優しくて素晴らしい人だったけれど、その男から俺を助けられない日々に精神的に病んで自殺してしまったんだ。外面のよかった男は誰にも疑われもしなかった。男から母の遺書を渡されて、俺は…全部どうでもよくなっちゃった」
「…どうやって出たの?」
「きっかけがあった。事故で俺が肘から手首まで切れてしまって、流石に財力のある男も慌てて俺を病院に連れて行ったんだ。たくさん縫ったな。そこで私立探偵って人に会った。母が全財産をその人に託していたらしいんだ。何年も男を見張っていたけど、俺が外に出されたのはその時だけだったから…今しかないって言われた」

 大きく溜め息を吐いて遼平が幹汰に抱きつき、抱き締める。幹汰も自然に抱きしめ返した。
 遼平は泣かなかったが、幹汰は静かに涙を零した。理由も知らず、知ろうとせず、彼を変態だ、淫乱な人間だと蔑んでいた自分は馬鹿だ。

「泣かないで。まだあの男世代の男性は怖いけど、もう夢も見ないし内側にこもったりもしないって決めてるんだ。祖父が俺をここまでにしてくれた。それに、幹汰くんが時々来てくれて、すごく嬉しかった。人に触れるって幸せなんだって思わせてくれたしね」

 明るい笑顔を幹汰に向けると頬にキスして身体を離す。
 幹汰は遼平を見つめたまま言葉がでなかった。
 遼平を好きかもしれないと嘘を吐いたことを謝りたいのに、謝ってしまったら彼を失う気がしてそうできない。今は嘘ではなく、本当に彼を大切に思っていた。
 気が付いていなかっただけで、今夜彼を頼った時点で幹汰にとって遼平は特別な存在だと分かり切っていたのに。嘘のままにはしておけない。

「遼平さんのこと好きだよ、本当に…これからも一緒にいてもいい?」

 幹汰から出てきた言葉に遼平は大きく頷いて嘘のない笑顔を向けた。

「ほんと?すごく嬉しい。俺も幹汰くんの事…好きだよ」
「知ってる」

 今更?と呆れたように言う幹汰に遼平はほんのりと頬を染めた。







text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -