3




「出ていけ…二人とも出ていけ!」

 父親のお決まりのセリフに母親が止めようとするが、喜義を立たせて幹汰は家を出た。
 今が夏の前でよかったと二人は思いながら足早に家から逃げる。背後では父親の声がしたが、二人は立ち止まらず15分程歩いて駅に着いた。

「ごめっ…兄ちゃん、家戻らないと…俺がもっと頑張れば、いいんだ…」
「お前は頭がそんなに良くないからあんまり根詰めても結果は知れてる」
「ひどッ… でも、本当に…勉強なんてもうしたくない…サッカーがやりたいんだ」
「それ、言ったのか?」

 喜義は首を横に振った。言えるわけ無い、と再び泣き出した喜義を花壇脇に座らせて携帯電話で時間を確認する。21時になろうとしていた。

「喜義は友達たくさん居るだろ?泊めてもらえそうな奴いないのか?」
「…多分泊まらせてくれるけど、親に連絡されるかも…あ、大丈夫そうな人も居るかも…」
「そ、だれ?一応俺が知ってないと」
「…咲元先生。担任の」
「教師かよ…大人なんて信用できない」
「先生は、たぶん味方…俺が親に勉強勉強って追い詰められてるの知ってから、いつも無理するなって…学校の近くに住んでる」

 大きな溜め息をついて幹汰は自分がまだまだ子供で、大人なしでは居られないのだと打ちのめされた。
 幹汰は高校生二年、喜義は中学二年だ 。身長も体格も弟の方が大きいがめそめそと泣く様はまだ幼い。

「じゃあとりあえず喜義はそこいくんだな?」
「兄ちゃんもお願いしよう…やっぱり知らない人なんてやだ?」

 幹汰があまり人に懐かず馴れ馴れしくできない性格だと喜義は知っていて、無理強いは出来ないと案ずるように兄を見つめた。
 やはり幹汰は緩く首を振って喜義の肩に手を置いた。心配そうな視線に幹汰は目を閉じた。

「俺も一晩くらいならなんとか出来るから。もし泊めてもらえるなら携帯に連絡、わかったか?」

 喜義は大きく頷いて走り出した。
 すぐに小さくなる背中をぼんやりと眺めていた幹汰は自分の居場所が無いことにため息を吐き出した。
 幹汰は少し考えてから『ふくや』に向かう事に決めた。泊まれなくても閉店まであの店に居ようと考えた。あそこ以外自分が行ける場所はない。なにより、自分が自分でいられる場所など幹汰には弟の前と心の中しかなかった。





 チリンと音がする扉を開けると狭い店内の奥に遼平が本をしまっていた。
 音に気付いて幹汰を見た遼平が驚いた顔をする。いつもこんな時間には来ない上に学校の制服でしか訪れたことがないのだ。

「かんた…くん、どうしたの?」

 幹汰の傍にやってきて心配そうに顔を覗くと、いつもなら簡潔に理由を話す幹汰が黙り込んでいた。

「…なんでもない…ただ、ちょっと寄っただけ。いいでしょ?」

 近場にあった本を手に取り題名を見ると以前読んだことがあることに気付いたが、傍のパイプ椅子に座って読み始める。声をかけにくい雰囲気に遼平は何も言わずに再び本を棚にしまい始めた。
 三十分ほどして幹汰の話し声が聞こえた遼平が彼を見に行くと携帯電話で誰かと話している。短い受け答えの中に相手を心配する様子と今までに見たことがない不安であったり優しさであったり、人間らしい彼の表情があった。
 いつもは短い時間の中で大した会話もなく、本を読むかセックスするか、そんな関係で彼はあまり感情を表に出さない。
 しかし今の幹汰はいつもと違う。電話を終えた幹汰に控えめに声がかかった。

「幹汰くん、店閉めるけど…俺、まだご飯食べてなくて…たいしたもの作れないけど一緒に食べない?」

 声に振り向いた幹汰はいつもの様子で薄い笑顔で頷いた。

「たいしたものがいいな」
「何が好き?」
「…鮭おにぎり」

 店の鍵を閉めた遼平は微笑んで頷いた。
 奥の扉を開けるとフローリングの部屋が一つ。更に奥にはバスルームとトイレがあった。幹汰は数えるほどしか入ったことはないが、このワンルームて遼平が暮らしていることは知っていた。
 備え付けの小さなキッチンでお湯を沸かしながら魚を焼き始めた遼平の隣に立ってそれを眺める。料理などしたことがない幹汰はそれが新鮮だった。炊いてあった白米にほぐした鮭を混ぜるのを手伝い、遼平は豆腐とワカメの味噌汁を作って、一緒におむすびを作る。ラップの中で形成される緩やかな三角は遼平の方が上手かった。

「はじめておにぎり作った。意外と難しいね」
「幹汰くん器用そうだから次には俺より上手く握っちゃいそう」

 楽しそうに話す遼平はいつもより明るく見えた。幹汰はいつも張っている気持ちの糸を緩めてもいい気がして、隣で微笑んだ。






text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -