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 想は貸し倉庫を後にしてタクシーでタイランとの約束の為にアルシエロに向かいながら島津へと電話をかけていた。島津はよくもそんな余裕があるな、と深いため息を吐き出した。

「はぁ、俺はいいから自分のこと心配しろっての。何でもいいから護身用の武器持てよ」
『うん。ちゃんと持ってる。…手伝うことある?あと30分くらいあるよ』
「だぁから、自分の心配しろ!」
『俺は島津が心配なの!』
「…俺は大丈夫だから。若林さんが塩田さんを寄越してくれた。な?」
『そう言うことじゃなくて!』
「気持ちは嬉しいよ、マジで。…ひとつ有沢に言ってもいい事があるとしたら、無傷で帰ってこないと許さねぇってことな。俺を心配するなら、これ以上嫌な報告は聞きたくねぇから」

 島津が少し語尾を強めた。想は胸がギュッと痛み、そしてその願いを聞けるかどうか分からない自分に小さな不安が生まれる。

『……………う、ん…善処します…』

 少し長めの沈黙の後、想の絞り出したような返答に島津が小さな溜息を零すのが電話越しに聞こえた。島津にも、電話の向こうで想が難しい顔をしている事が想像できた。

「俺の方がひと段落したらそっちに行くぞ。タイランとの話が終わったら岩戸田は俺も捕まえに行く。タイランと話してる間、俺はバックヤードで待機してるからな」
『えっ、…俺、ひとりで大丈夫だよ』

 アルシエロでタイランと会った後、想は一人で岩戸田と決着をつけるつもりでいた為、その申し出に戸惑って声が上擦る。

「有沢は暴走無鉄砲らしいから、俺が一緒に行く」
『なにそれ』
「古谷さんが心配してたから」
『え?!その言い方ひどくない?ちゃんと考えてるし!』
「古谷さんは間違ってないと思うけどな」

 余計な事を…と恨めしそうに呟いた想に、島津は微かに笑うと電話を終わらせた。
 裏通りの路地に若林の部下の塩田が初老の男二人を連れて現れたからだ。島津は立ち上がり、ペコッと頭を下げた。

「助かります。すみません」

 島津が頭を下げたままでいる事に向かい合う形で近づいて来た塩田は肩を叩いて顔を上げさせた。
 足元に倒れ込み、島津の物であろう上着をかけられた男を見下ろしてから、後ろにいた初老の二人に目配せをする。
 初老の二人はリョウの遺体を入れる袋を広げ、慣れた手つきでしまいっていく。リョウをしまい終えると二人で頭側、足側をそれぞれ持って裏路地の先に寄せてあったバンへと運んでいく。
 島津はそれを目で追う事しか出来ず、ギュッと拳を握った。

「桃奈とはどうだ?」

 隣に立っていた塩田に急に言われて、島津はパッと顔を声の主の方へ向け、今?!と驚いた様に一瞬目を大きくした。

「桃奈ぁ、いつも島津の話ばっかりするぞ。相当楽しいんだろうな、一緒に居るのが」
「…ももちゃん、いつも笑っててくれて…自分まで嬉しくなっちまいます」
「ももちゃん…可愛く呼んでくれてるなぁ」

 すんません、と島津が照れる様に微かに俯いた。
 娘の彼氏。彼女の父親。なんとも微妙な空気の中、先ほどバンヘ遺体を運び込んだ二人が大きな鞄を持って戻ってきた。島津と塩田に下がる様に伝えると、薬剤を撒き始める。ライトや、ブラシ、ゴミ袋などが次々用意され、遺体を片付けた時と同様に慣れた様子で作業を進めていく。

「あいつはどうなりますか?」
「どうしたい?葬式は出せんだろ」
「…あいつにも待ってる奴が居るんです。せめて、葬式とかは無理でも火葬できたら…無理か」
「どうしてそこまでしてやる?想君を岩戸田の為に捕まえようとしてたろ。岩戸田は想君を生かしちゃおかねぇだろうし、島津も随分やられてるじゃねぇか」

 塩田は擦り傷の残る島津を見遣り、片眉を上げて疑問を口にした。島津はそんな塩田の言葉に二度ほど頷く。確かにその通りだ。そこまで仲が良かったでもなく、縁があった訳でもない。
 殺されかけた。
 それでも、二人と重なった子供の頃に助けを求めるように差し出された手に重みを感じられず、あしらった事が忘れられない。その選択のせいで今に繋がっているのかも知れないと思うと、ケジメを付けたいと思う。

「お互い、名前を覚えてたし…さっき、リョウがありがとうって…。よかったって、思ったんすけど…」

 塩田は島津の表情から悲しみや後悔を感じ取り、少し考えるように顎髭を撫でてから、大きな手で島津の背中をバシッと一発叩いた。思わず息を詰めた島津は、優しげに笑みを浮かべる塩田を見て眉を潜めた。

「なんとか都合つけようじゃねぇか」
「…ホント、ありがとうございます。俺に出来る事はありますか?」
「こっちはない。想君を守ってやってくれよ?俺のボスがキングコングみてぇに暴れ出さないようにしてくれよな」

 島津は若林が暴れる姿が容易に想像出来てしまい、思わず真顔で頷いた。そして一歩下がると、深く頭を下げてからアルシエロのバックヤードに戻る為に路地の奥へと歩き出した。













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