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 島津がバックヤードへの裏口の鍵を開けると、従業員の休憩用に部屋の隅に用意されているテーブルに腰を預けた想が腕を組んで視線を向けていた。

「有沢…」
「リョウの件はいいの?」
「ああ…俺は役に立たねぇし」
「カズマは?リョウと島津を待ってるよ」
「…まだ連絡してねぇ…」

 閉まった扉の鍵を閉めながら、島津は歯切れ悪く小さく答えた。想は俯く島津の側に歩み寄る。

「今は言わない方が良く無い?カズマのあの様子、アレじゃリョウが帰らないって知ったら…危ないかも」

 島津は情緒不安定で薬に溺れているカズマの投げやりな笑顔を思い出して、想の言葉にただ頷いた。
 俯いたまま、鍵を閉め終えた扉の前に立ち尽くす島津の横に来た想は身体を寄せて背中に腕を回した。ポンポンと己より少し広く大きな背中に触れる。

「俺と蔵元がいるよ」
「あぁ、知ってる」
「俺はリョウ嫌いだけど」
「ははっ、チャリ投げられたもんな」
「そうだよ!…でも、島津の力になりたい」
「…知ってる。リョウが…ありがとうってさ」

 そんなんじゃ許せない…と悔しさを滲ませる想の声音に島津は微かに口角を上げた。自分には途方に暮れた時、隣に立ってくれる人がたくさんいる事を実感する。島津は想の背中をポンと叩き返す。

「タイランとの話が終わるまで俺はここで待つから」

 お互いにゆっくり離れ、島津がそろそろ時間だろうかと腕時計を見る。言われて想はバックヤードの壁にかけられた時計に目を向けた。
 一緒に行動すると言う島津を遠ざける事はできそうに無い。けれど、自分がこれから岩戸田にしようとしている事を彼は許すはずがない。想は少し迷ってから、島津に視線を向けた。島津もそれに気付いて時計から顔を上げる。

「タイランがどんな話をしてくるか分かんないけど、その後は岩戸田じゃん?リョウのフリして呼び出して捕まえるつもりで準備した」
「おう」
「俺は岩戸田を殺すつもりだよ。島津は許してくれないって分かってる。だから…」
「分かってる。付き合う」

 だから一緒に行きたくない。そう伝えようとして遮られた言葉に、え…?と想は目を見開いた。

「なんなら俺も一緒に手を下す。ひとりでやるって思うな。半々な」

 島津の少し細く切れ長の双眸が少し上から想を見つめる。

「で、でも…でも、俺は島津にそんな事して欲しく無い」
「おー、俺の気持ち分かったか?」

 遅ぇわ。と呆れた島津は整えられた棚からケースを少し引き、お気に入りのドイツビールを1本取った。ここで待つ、と言わんばかりに休憩用の椅子にドカッと腰を下ろした。納得できないと言う想の表情とは逆に、島津の意志は堅そうだ。
 説得は難しいと感じて、想からは大きな溜め息しか出ない。

「…俺が何しても、引かないでね」
「今更か」

 お互い、もうこれでいいと言うようにそれぞれに頷いた。
 想が岩戸田を誘い出す手順を話そうとした時、表の扉を軽くノックする音が聞こえた。島津もそちらを見て、想は行ってくるとバックヤードと客席のある部屋へ向かう扉の鍵を開けた。

「油断するなよ」
「がってん!」
「アホ」

 想は中指を立てて島津を見遣り、扉を閉めた。



 



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