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 それからなんとなく毎日『ふくや』に足を運んだ幹汰は男と少しずつ親しくなり、本を一緒に片付けながらいい本を探して借りて帰っていた。
 男の名前は福谷遼平と言い、幹汰の十歳年上の26だった。彼は祖父のこの店を継いだらしいが、この有り様で商売ができるのか、と尋ねたら「ネット販売で価値のある本をほしがっている人に売っている」と言っていた。
 『ふくや』があるのは昔ながらの商店が慎ましくならんでおり、工芸品や地元の名産など観光客を相手にしんみりと店を開いている場所だった。他は古い馴染みの客や幹汰のようにたまたま立ち寄ったか。

「そう言えば…遼平さんて、俺のこと好きなの?」

 そう聞いたのには理由があった。幹汰は両親が厳しく、変わった家庭で育ったため他人の視線、溜め息の様子、仕草で色々と感じ取る体質だった。
 はじめのうちは幹汰の弟の「助けて」に似ていた視線を向ける遼平を少しばかり気にかけていた。けれど告白を前にした人間のような「恋慕」を感じさせるものに変わっていったのだ。
 大人の、男のくせに自分をそんな眼で見る遼平に嫌悪しつつ、日頃の家庭内で抑圧された生活とは違うここ『ふくや』での時間を少し変わったものにしたくて嘘をついた。

「俺は遼平さんが好きかも」

 目を大きくして幹汰を見つめる遼平の頬が赤く染まったときの気持ちを幹汰は忘れる事が出来そうにないと瞬間的に思った。適当に、人の気持ちを弄んだ代償だと思った。
 幹汰の想像を越えて、遼平のパッとしない見た目からは伺えないセックスの技術だった。フェラは上手いし恥ずかしがりながらも殆どの要求には直ぐに応じた。アナルも使い勝手がよく、経験豊富さを感じさせていた。そんな遼平を言葉で罵っても彼は切ない顔をしながら悦んだ。本当に変態だと幹汰は思った。
 そして、子供の自分との差を感じさせられる。
 互いにセックスの余韻を味わいつつ、呼吸を整えながら少し抱き合う。
 ふと、幹汰は店の壁掛け時計に目を奪われ、慌てて遼平を退かした。

「いけない。こんな時間だ。帰らないと」

 少し汚れたシャツを洗ってもらい、変わりのシャツを借りて上から学ランを着た。

「明日も来てくれる?」
「分からないけど、また来るね」

 控えめに手を振る遼平を振り返らずに『ふくや』を出て走り出す。
 学校か終わって遼平に会って、門限は19時。破ると面倒なことになると分かっている分、それだけは避けたかった。
 うるさい父親。父親に何も言えない母親。家庭のことには出来るだけ関わりたくない教師。出来の悪い…けれど心優しく友達の多い可愛い弟。
 代わり映えのしない幹汰の狭い世界に、遼平は新鮮そのものだった。大人のくせに、押し付けてこない。それなのに欲しがる。

「ヘンタイだからかな」

 幹汰は心の声をぽつりとのこして家まで走り続けた。






「ただいま帰りました」

 靴を揃えて玄関を上がると、リビングから怒鳴り声が聞こえた。父親だ。
 幹汰は大きな溜め息がでる前にそれを吸い込みリビングをのドアを開けた。フローリングに正座させられて俯く弟と、仁王立ちで怒気を発する父親、我関せず料理をしている母親。

「ただいま」
「おぉ幹汰、おかえり」

 おかえりなさい。と母親が細笑む。
 あからさまに違う態度に舌打ちを堪え、座っている弟を見ると相変わらずあの縋るような目で幹汰を見る。 

「喜義(きよし)…」
「幹汰、着替えて来なさい」

 話し掛けようとしたが遮られた。仕方なく部屋に行って着替えていると、リビングからはまた怒鳴り声が響いていた。
 弟の喜義は幹汰に比べて出来が悪く、いつも叱られていた。大学教授の父親の叱責に幹汰も始めはただ俯いて唇を噛んだが、勉強は文句なくトップでいれば責められない事を知ってから、言われる前に、言われなくても、両親が求めるものを維持していた。そうやって得た少しの自由、それが『ふくや』での二時間だ。
 高校生になって少し背も伸び、今ならば父親に殴られてもやり返せる自信はあったが、『後の面倒』を考えると幹汰はそれをしない。
 大人は汚くて図々しく自己満足と自己顕示欲を自分より弱い子供に向ける生き物だと思っていた。それは親に限らず教師も同じだ。体裁を気にして保護者の前では自分の前と違う顔をしていた。

「ううっ!」

 喜義の悲鳴に急いでリビングに入ると、頬を押さえて涙を流す弟がいた。父親に殴られたようだ。
 壁際に凭れる様に立つ喜義は唇が切れたのか手の甲で拭っている。幹汰が傍に寄って身体に触れると、涙で濡れた瞳がじっと向けられた。幹汰の内側のどす黒いものが膨れていく。

「なんで殴るの?」
「出来損ないだ。庇う必要などない人間だ。図体ばかりでかいのは頭が軽いからだな」
「仕方ないだろ。喜義は勉強出来ないんだよ。俺が父さんのご機嫌取りで勉強してやってるだろ。満足できないのか?殴ったら出来るようになるのかよ」
「兄ちゃんッ…」

 喜義が名前を呼んだと同時に父親が幹汰の頬を叩いた。大した痛みでは無かったが、幹汰は喚く父親を哀れに思って俯いた。
 幹汰の肩に喜義の手が触れ、その手に心配するなと弟の顔を見ようとした瞬間、隣を喜義が通り過ぎ父親に殴りかかっていた。
 小柄な父親と、背丈は幹汰を越える喜義ではあまり大差がない。若い喜義の方が強い様子で馬乗りになって拳を振り下ろす弟を幹汰が押さえる。

「馬鹿!何やってんだ!」
「兄ちゃんまで殴った!許せねえ!」

 幹汰に抱き寄せられた喜義は幼い子供のように泣きながら兄を抱き締めた。





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