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 島津たちの乗る車が新堂のマンションに着く頃、カズマは島津の肩に寄り添い眠ってしまっていた。ひと通りハイとローを楽しみ、死んだように動かない。微かな呼吸と体温が生を意味していた。
 新堂の部下は仕事に追われているようで、形式的な挨拶をするとすぐに去って行った。

「島津くん、背負うの代わろうか?重くね?」
「大丈夫だ。それより俺のケツポケットから鍵出せ」
「やーん、おじゃまします」

 ふざけたように言いながら大崎は島津のポケットから使い込まれたキーケースを引っ張り出した。バイクのキーから様々な鍵がくっついている。

「黒いやつ、使うから」

 カズマを背負い直してマンションの入り口へ行き、先ずは入る為に暗証番号を押す。ドアロックが開き、足早にエレベーターへと向かった。

「最近のマンションは結構しっかりしてるね。で、この鍵は何に使うの?部屋の鍵じゃないよねー。ドアの鍵にしちゃ小さいもん」

 ボタンを押してすぐにやってきたエレベーターに乗って、島津は顎で操作パネルを示した。

「下の方に鍵穴があるだろ。そこにその鍵入れて45度まで回しながら1階を押してくれ」

 開閉ボタンの後、大崎は言われた通りに鍵を差し込んだ。昇り始めたエレベーターに感心しながら、新堂から鍵を預かっている島津がどれほど信用されているのかと考える。

「新堂さんに電話たのむ」
「おけー」

 大崎がもうすぐに部屋に着くという連絡を新堂へ入れた。

「いつでもどうぞ、だって」

 通話を終わらせた大崎の言葉に島津が頷いたとき、新堂の部屋のあるフロアへ着いた。背中のカズマが身じろいだが、島津は背負い直すと足早に部屋へと向かう。
 部屋の前に着くと、まるで来たことが分かったかのように中からドアが開かれ、新堂は二人を招いた。

「背中の奴はソファにでも置いておけ」

 大崎は初めて入る新堂漣の部屋に好奇心丸出しで辺りを観察してしまっていた。ワイシャツにスラックスだけと言う姿も初めて見たのだが、別段高そうな家具も無く、至って普通。それが新堂を上手く表しているようで大崎はどこか納得ししたように観察を止めた。
 そんな大崎とは変わって、島津はソファにカズマを下ろすと頬を軽く叩いた。無反応だ。新堂はしばらく放っておいてもいいだろうと、カズマに安定剤を打って毛布を被せた。

「新堂さん、有沢は?大丈夫ですか」
「無傷とは言えないが、今は寝ている。心配かけて悪いな」

 新堂に詫びを入れられ、島津は姿勢を正して頭を下げた。

「島津、今回はここまででいい。大崎は止めるわけにはいかないだろうが、薬も手に入ったし動きも掴めたからな」

 もういいと告げられ、島津は息を詰めた。大崎も「え?!」と思わず声を漏らした。

「島津は堅気だろう。『カラン』も岩戸田も危ない輩だからな。あまり深入りして欲しく無いんだが」
「待ってください…有沢は?話ししましたか?」
「いや、まだだ。想は先の件で『カラン』にもタイランにも顔が知られた。出来るならこれ以上は止めさせたい」

 島津の質問に答える新堂は少し困ったように小さなため息を吐いた。それを聞かされた島津と大崎は唖然として言葉に迷った。想はクラブに行ったはずではなかったのか。それが、なぜ顔を知られるというところまで展開したのか。

「想はクラブでタイランとたまたま接触したそうだ。話の流れで怪しい仕事を頼まれた。薬を移動させる手段にされたそうだ。そこで『カラン』の頭らしき女にも会ったと」
「女?」
「リアというタイランの兄の女だ。想が運ばされた薬の一部は岩戸田の部下でカズマの友人、リョウに渡る手はずだった。想はその薬を少し盗み取って帰ってきた。探している薬かどうかはこれから調べるがな」

 だからもう仕事は殆ど片付いたのだと付け加えて、新堂は想の眠る寝室を見た。その視線に気が付いた島津は意を決して新堂へ言葉を返した。
 手を引けと言われて素直に想が頷く訳もないのだ。そして島津自身も。

「有沢は納得しませんよ?出来る限り新堂さんの力になりたいと思っているでしょうし、店の奴の事もあるんで、俺もあいつも引く気はないですよ。ケリが付くまで」

 島津の言葉に新堂は口元に微かな笑みを浮かべた。

「だろうな。だからお前に言っているんだ。俺は想が大切だ。危険から遠ざけたいのは自然だろう?」
「そうですね。…新堂さんの気持ちはすげぇわかりますよ。俺だって同じ立場ならそう考えるはずです」
「…部下と違ってお前たちは扱い難いよ、まったく」

 目に見えてうんざりした様子の新堂に島津は思わず苦笑いを返した。部下ならば命令し、動かすだけでいいものだが、想や島津はそれとは違う。上司と部下だった頃は頼りにされていたとは感じていたが、本当に淡々と命令されていた。だが、今はこうして相談されている。島津は彼の変化が想の影響だろうかと考えてどこかホッとした気持ちになった。

「有沢の顔が知られて危険なのはわかります。それでも何か力になりたいんです」
「有沢ちんの協力が必要っす。…出来たら。一般人の俺たちの方が警察関係にもマークされないし、絶対いいっすよ」

 島津が食い下がると、それに便乗して大崎も新堂に懇願する。
 新堂は二人の視線に少し間をとったが、僅かに頷いた。

「…分かった。『カラン』とタイランについてはここまでだ。薬と粗方の住処から見つけ出すのも時間の問題だろう。後は大崎、お前は岩戸田を捕まえろ。必要な物や場所があれば手配する。人員不足はすまないな」

 大きな組織を抜けた新堂には何千という構成員などは無く、今も数人の元部下しか動かすことは出来なかった。現役でも無いのに厄介な仕事を抱えてしまったものだと僅かに目を瞑る。

「中国系の情報屋が3人殺されている。お前たちも気を付けろ。岩戸田は無傷では無くとも問題無い。遠慮はいらん」

 表情や言葉はいつもと変わらず淡々としているものだったが、新堂の心遣いを島津も大崎もしっかりと感じられた。

「想を頼む。危なっかしいからな」
「分かってますって!むしろ有沢ちんを頼りにしてますんで」

 大崎はにこりと笑みを向けた。島津と視線を交わすとお互いに頷く。

「新堂さん、俺はこれからもあなたの為ならいつでも力になりたいと思っています。有沢の事は任せて下さい」

 揺るがない二人を目の前に、半ば呆れたようにやれやれと苦笑いを含んだ溜息を吐き出した新堂はちらりと腕時計を見てからソファに眠るカズマを一瞥した。
 ぐっすり。その言葉以外に表現するものは無い。

「俺は出掛ける。カズマが目を覚ましたら後は任せたぞ。何かあれば連絡しろ」

 新堂はキッチンカウンターのハイチェアに掛けられていたスーツの上着を羽織り、緩くネクタイを締めた。一気に雰囲気が闇に変わり、島津も大崎もピリッとした緊張が背中を駆けた。

「想も少し寝かせてやってくれ」

 ポンと島津の肩を叩き、新堂は静かな足取りで部屋を出て行く。
 新堂の背中を見送り、島津は叩かれた肩に触れた。

「新堂さんは自分の為に動く事はほとんどねぇんだ。欲が無いっつうか…惚れるだろ」
「…島津くんの気持ち、分からなくもないかなぁ」

 大崎は島津の言葉に同意しながら、お前も似ているよ…と内心微笑ましく思い目を細めた。


 



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