19


 

 島津がカズマを背負って店を出ようという時、大崎へと想から連絡が入った。大崎は進展のなかった分、想の報告は心待ちにしているものだった。すぐに電話に出る。

「もしもし、有沢ちん?…うん、…マジで?!うん、わかったけど…大丈夫ぅ?」

 大崎は想との会話で大丈夫か、と何度も聞く。島津は何かあったのかと顔が険しくなった。島津にとって、想のことが心配になってしまうのは最早、兄弟の身を心配するようなものだった。

「大崎、スピーカーにしろ」

 島津の唸るような声に大崎は頷いた。

「有沢ちん、島津くんもいるよ。こっちは無事だけど成果無し。カズマが薬でキマッちゃってて、連れて行こうと思うけどアルシエロはマズイよね?揉め事持ち込み厳禁って蔵もっちゃんが言ってたね」
『うん。今は蔵元にお店任せてるからね。うーんと…うちに来る?防犯はかなり強いし』

 え?!有沢ちんと新堂さんの家に?と動揺する大崎とは逆に島津は乗り気で分かったと答える。

「有沢、新堂さんに伝えろ。今回カズマとのアポが岩戸田にバレてるって」
『俺だ。聞いている。塩瀬カズマは生きているか?』

 電話の向こうから新堂の声が響いた。島津はお疲れ様ですと姿は無い声の主へと頭を下げる。

「カズマは薬のやり過ぎか、どうしようもないです。カズマは俺たちに協力を?」
『そうだ。詳しくは戻ったら話す。外に迎えをやった。バイクも後で運んでおく』
「分かりました。すぐに行きます。あ、有沢、大丈夫ってどうした?無事なのか?」
『自転車にぶつかっただけ。そんな心配いいからさっさと来なよ。少し収穫があったから』

 じゃあ、と早口で言って、想は一方的に通話を終わらせた。

「くっそ野郎…自転車の心配だわボケが」

 相変わらずの減らず口で電話を切った想に、島津は険しい顔で悪態を吐いた。
 大崎はいつもの二人の様子に軽く笑うと財布を手に部屋を出た。来た道を戻ると従業員たちの視線が一斉に島津と大崎へと向く。しかし誰も近付こうとも声をかけようともしない。
 顔に大きな傷のある島津が、おどおどしている従業員達を睨むとますます距離を置こうとする様が見られた。大崎は呆れたように瞼を下げながら財布を持った手をゆらゆらとさせた。

「おーい、支払するんだけど会計は?」
「…お、会計済んでます」
「そうなん?」

 従業員のひとりが、外で待っている車の男が既に支払ったと言う。大崎は軽く手を振るとカズマを担いだ島津とともに店を出た。
 店の前には黒塗りの高級セダンが停まっており、二人の姿に運転手は頭を下げてドアを開けた。

「新堂様の使いです。背中の者はどうしましょうか」
「俺と後ろに。大崎は前に乗れよ」
「かしこまりました。どうぞ」
「おじゃましまーす…」

 かしこまった様子の運転手に軽く会釈してから大崎は助手席へ。島津はカズマを後部座席へ押し込むと自分も隣へ座った。カズマは視線が定まらず瞳孔は開いており、会話ができる状態ではなかった。島津は薄ら笑いを浮かべてゆらゆらと身体を揺するカズマの頭をポンと撫でた。

「…本気出せバカ野郎。クスリに逃げてどーすんだ」

 小さな島津の呟きは静かな車内に響いて消えた。




「そんなに慌てて切ることないだろう」
「っ、だって、漣が…」
「俺は怪我を見ているだけだ」

 キッチンの調理台に座らされた想の擦り傷や軽い打ち身へ処置を終わらせた新堂は、薬箱の蓋を閉めた。触診で今の所骨に異常はなさそうだと告げられ、想はホッと息を吐いた。だが、新堂の触り方はどこか厭らしく、想の肌を舐めるように触れていた。それは大崎に連絡をしている最中も続いており、想は変な声を聞かれてしまいそうで、早々と通話を終わらせたのだ。

「この脇腹は明日あたりから変色するぞ。こんな怪我して、俺を心配させて楽しんでるのか」
「ち、ちがっ…違うから!」
「だから仕事は共有したくないんだ。この傷も俺の所為に思える」

 身を屈め、想の脇腹へ唇を触れさせた新堂はゆっくりとそこを舐めた。彼の声は低く、どこか冷たさも含んでいるように思える。上辺だけでは無い、新堂の遠慮の無い本音に想は眉を寄せ、申し訳なさそうに俯いた。自分の身体に顔を寄せる新堂の髪をそっと撫でる。

「漣の所為じゃないです。…これは、仕方なかったし、光島リョウが思ったより喧嘩強かったから…俺は多分、彼には勝てません」
「そうだな。逃げる選択は間違っていなかったろう。無傷なら尚良かったがな」

 新堂は立ち上がり想を見下ろした。視線を感じて想は逆に新堂を見上げる。冷たい声に怒っているかと思っていたが、想を見る目はいつもの新堂だった。全てを受け入れ、包み込むような深い黒。想がその瞳を見つめていると、そっと頬に冷たい手が触れた。指先で顎のラインをなぞられ、想はゾクりと甘い痺れを感じた。無意識に顎を上げ、ゆっくりと瞼を閉じる。
 ゆっくりと唇が触れ合い、想は新堂の頬に手を添えた。想が自ら唇を開くと、さも当たり前のように新堂は深く唇を合わせて官能的なキスを与える。
 新堂の舌が想の舌を追い、舐め合ったかと思えば唇を甘噛みする。想がビクッと反応すると、優しく唇を合わせて啄むように遊ぶ。もっと深く欲しいのに、新堂のキスはわざと焦らすようなものだった。

「ん、…漣、キスがやらしい…!なんで、もっと…」
「島津と大崎が来るぞ。キスだけで止められるのか?」

 ふたりの名前に想はハッと我に帰った。追いかけられ、危ない目にあったばかりは様々に感情も高ぶっており、熱く愛しい手につい甘えたくなっていた。この大事な時に、何を。と想が唇を引き結んだ。

「すみません…ちょっと、ドキドキしっぱなしだったからかも」

 想は濡れた唇を手の甲で拭うと、恥ずかしそうに頬を微かに赤くして俯いた。
 
 
 



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