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「おい!開けろ!」

 事務所は奥まったところにあり、男性従業員用のロッカールームと兼用となっていた。その奥の部屋の扉を蹴り付けながら島津が怒鳴る。大崎はそれを宥めながら片膝をついて鍵を見つめた。

「ディンプルシリンダーか…ちょっと時間かかるかもしれないけど開けられる。堂々とやっていい鍵開けだし」

 上着のポケットから道具を取り出し、鍵に向き合い始めた大崎の頭を見下ろしていた島津がボーイに声をかけた。

「おい、カズマはいつも部屋に閉じこもってんのか?」
「へっ?!あ、…いや、店にはあまりいません…ヤクザと深い付き合いだとか、それでオーナーやってるとかいろいろ噂は聞くんで、店が大事!って感じか、なんとも言えませんけど…店にいる時も顔を見ることは少ないです…」
「ヤクザとの付き合いは深い?」
「しっ、知りませんよ!店は確かにそう言うのとの関わりはありますし、ちょっと…強面のオッさん方といるところも見たことありますけど…俺はただのバイトですもん!あんた達こそヤクザでしょ?!だって先輩があんた達が居座ってるからケツモチだって言うヤクザに連絡したけど、あんた達はいいんだって…いいって?!なんなの?!」
「あー?俺たちはヤクザじゃねぇわ。つーか、この店って青樹組がケツ持ってんの?後藤組はマジで日陰の雑草なんだな」

 絶対ヤクザだ!と怖がるボーイをよそに島津は呆れたように目を細めた。岩戸田は形だけ後藤組を持ったが、それもすでに無いに等しい。青樹組の希綿と後藤前組長の絆によって名前だけが残っているようなものか。
 島津の吐き捨てるような言い方が更にボーイを震わせている。強面の島津に怯えるボーイが助けを求めるように大崎を見たが、彼はその視線を知らぬ顔で作業を進めた。

「それより、カズマといるオッさんてこいつじゃね?」

 島津が携帯電話で岩戸田の写真をボーイに見せた。怖々と写真をみたボーイが小さく頷く。

「…オレ、コロサレタリシマセンヨネ…?」

 消え入りそうな棒読み。ボーイのビビりっぷりに思わず島津は声を立てて笑った。

「あのな、そんなに簡単に人殺したりしねぇの。そんなんただのキチガイだろが。夜の街で働いてんだ。もう少し度胸付けろよ」
「でも、君は気をつけた方がいいかも。どうせ誰も俺たちに声かけられないからって押し付けられたんじゃね?そんなんだとヤバいことに巻き込まれやすいよー?」

 はい、開いた。と大崎が立ち上がる。島津はすぐに扉を開ける。中を見て顔を顰めた。

「…まぁ、想像通りだな」

 デスクとテーブル、ソファ、書類棚のシンプルな部屋。金髪に近い茶髪のやたら整った美形の男がひとり、ソファにもたれて宙をぼんやりと眺めている。テーブルにはアルミ箔と明らかに薬物が散らかっていた。

「わ…オ、オーナー…ラリッてる…?」
「お前、見なかったことにして仕事に戻れ。他の従業員にも俺たちのことはいいって伝えてテーブルも片付けていい。代金は計算して、確認したら取りに来い」

 島津はボーイに言うと部屋に入って迷うことなく男の前まで進んた。胸倉を掴んで引き起こす。

「カズマ!てめぇキメてんのは構わねぇが、人との約束守れや!」

 大崎が止める前に島津はカズマの頬を叩いた。バチンと音が響く。

「…炙りだけじゃ無いよ。注射器もある。…相当なヘビーユーザーっしょコレ」

 大崎がテーブルの上にある小さな結晶入りの小袋を指で弾いた。
 大崎の言葉に島津は舌打ちで返した。カズマは未だにぐったりとしているがぼんやりと島津へと視線を寄越す。そして自分を揺さぶる人間が島津優だと分かるとへらへらと笑った。

「優、ひっさしぶりだねーっ。変な頭!でも変わってないな。俺は変わった?ふふっそうかもしれないね。何年ぶりかな。話したのは高校生?俺ね、ヤクザにに捕まっちゃったぁ。あ!でも優もヤクザなの知ってる。新堂漣の部下でしょ。新堂漣はまだ生きてるの?岩戸田は跡目継げるのかなぁ?あ、そう言えばうちの両親死んだって!あははっ」

 カズマはペラペラと声を発しているが、いつの話をしているのか分からない。跡目問題は何年も前の話だった。ぼんやりとした目に島津は苛立ちを覚え、掴んだ胸倉を引き寄せながらカズマの額へ頭突きをかました。
 小さな悲鳴の後、カズマは顔を歪めたが痛いの気持ちいい〜と笑い出した。反撃や怒りは感じられず、されるがままだ。

「ダメだ。どうすりゃいい?」
「俺に聞くん?!殴ってダメなら…刺すとか?冷水浴びせるとか?」
「心拍上がってたら刺すと死ぬんじゃねぇの?あー…有沢ならあんまり出血しないで痛いところ詳しいだろうな。あのボーイ呼んで氷持ってこさせるか」

 島津がカズマをはなして、面倒くさそうに立ち上がった時、今までぼんやりとしたいたカズマがいきなり島津に掴みかかった。別人のような勢いで島津の胸倉を締め上げる。

「有沢?!有沢想…?あいつ捕まった?リョウは大丈夫?大丈夫!リョウならみんな消せるもん」

 大丈夫だと繰り返していたカズマの目が潤み、今にも泣き出しそうだ。島津は物凄い力で自分を締め上げる相手の手を握って力を殺して耐える。

「か…カズマ、リョウはどこだ?」
「うぇっうぅ…知らない、俺…知りたいのにっ」
「おい、落ち着け」

 カズマは締め上げていた手を離して声を上げて泣き始めた。崩れるように膝を着いて。

「…ねー、島津くん」

 泣き喚くカズマの傍で手を焼いている島津を大崎は真剣な声で呼んだ。

「この部屋、内側にノブが無い。鍵は外から掛けたんだ。カズマは閉じ込められてた。岩戸田じゃない?俺たちと会うのを阻止したかった。どのみち薬でラリってたらまともにやり取りできないし、いい時間稼ぎになるじゃんね」
「くそっ!やられた」

 島津が感情を露わに怒りを示した。カズマはビクッと身体を強張らせ、ますます泣き出す。泣き声に混ざって、時々笑っていた。

「…連れてく?ここに置いといてもよく無いよねぇ」

 大崎は扉周辺の傷を見て眉を顰めた。出ようともがいた証だ。所々、血痕もある。古いものから新しいものまで様々。

「ここ、監禁部屋っぽいね。使用頻度も高そう。カズマがもともと薬好きで現実逃避するって分かってたなら、わざとドラックも置いておいたんだ。岩戸田の奴、腐ってる」
「…病院の方が良くねぇか?」

 島津は袖を捲ってあるカズマの腕の変色している注射痕の量に悲しげな視線を向けた。

「正気に戻るまで待と。ここまできたら引けないっしょ。色々知ってるからこんな風にされたんじゃね?」

 どう見ても普通の状態では無いカズマを一度見下ろしたふたりは顔を見合わせた。

「連れて行くか。金が薬かは知らねぇが、恐らくこの店に岩戸田と繋がってる奴がいそうだ」
「もしかしてカズマくん、岩戸田を裏切るつもりだったとか?」

 涙は止まったものの、相変わらず瞬きひとつしないひどい有り様のカズマを見て島津は顔を強張らせた。
 

 




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