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 まるで悪ふざけでもするかのような声音とは逆にタイランの目は鋭く、想は良好に近づくと決めていたが本能的に睨み返していた。しかしそれも一瞬で、想は追っ手が二人だと確認すると、タイランから視線を外してするする人混みをすり抜け会場を出た。
 すでに外は暗い時間だが、大通りはネオンや車のヘッドライトでチカチカときらめいている。

「駅…」

 ここから駅までは歩けば十五分。知る道を速めに走れば十分とかからないだろう。
 少し進んで身を潜め、追っ手が自分を追い越してから後ろを追うのも手だが、駅で待ち構えられてしまうとロッカーに近付けるか分からない。タイランの言葉振りから、暴力もあるかもしれなかった。二人相手くらいならばいけるとも考えたが、ただのチンピラでなかったときは痛い目に合うだろう。

「行くしかないか」

 想は真っ直ぐ駅には向かわず、少し大回りの道へと踏み出した。後ろを気にしつつ確実な距離を保ちながらも、わざと相手に自分の背中を見せる。意識を自分に向けさせていれば、突然姿が見えなくなったとき追っ手は少なからず狼狽えるだろう。その手を使って時間を稼ぐつもりで想は撒きやすい場所まで誘い込んで行く。
 五分ほど動き続けていたが、ここだ、と想は駅に近くビルや店も多く並ぶ交差点へと足を速める。暗くなってもまだ人が多く行き交うそこ。信号が丁度変わるタイミングで信号待ちの人の中に紛れて進もうと調整する。
 信号が変わり、人々が動き出すと想は身を少しかがめてパーカーを脱いだ。少し低い体勢のままスクランブル交差点をセンターまで進んで直角に曲がる。
 追っ手が足を止めて自分を探している姿を視界の端で見て、想は体勢を戻すと駅の入り口ではなく駅内の専門店街へと入った。あとは目的のロッカーへ追っ手より速く着けばいいだけだ。
 ちょろいもんだと想は呆気なく思っていた。だが、ロッカーが見えて足を止めた。

「…タイ」
「おめでとー、成功したネ。こっちおいでヨ。仕事アゲル」

 ロッカーには寄りかかるようにして立つタイランが待っていた。こっちおいでと示すタイランはにんまりと笑う。その笑みに想は探るような視線を向けた。

「…ネ、ハルオはホントに素人なノ?」

 仄暗い色を持つような想の瞳に、タイランは魅入るように想を見つめた。
 しかし想は答えず、タイランに鍵を差し出すと仕事を催促するように視線を強める。だが、想へと張り付いたタイランの視線が不快ですぐに逸らした。睨まれることには慣れている想だが、タイランの瞳には何を考えているのかいまいち分からない不気味さが漂っていた。

「いくらの仕事くれる?」
「…ま、それはこれから行く所で聞いてヨ。俺はあくまで紹介者だカラ」

 タイランは俯いて自分を見ない想へ視線を注ぎなが鍵を受け取った。顔を上げさせようと手を伸ばしたが、想はフイッと顔を背けて一歩下がる。

「…ごめんネ。追いかけさせて、怖かっタ?」
「…少し」

 怖いわけない。が、想はその方が自然だろうとタイランの言葉を肯定してみせる。すると小さな笑い声の後、タイランは想の肩へ腕を回した。

「ゴメンゴメン!だって下手な奴、紹介出来ないでショ?」
「だからっていきなりだし、意地悪だろ」
「俺、イジワル大好きだモン」
「…タイって最低。ムカつく。俺帰ろうかな」

 じとっとした目で想がタイランを見ると視線がかち合った。待っていましたと言うようにタイランは笑みを向ける。
 想はぐっと拳を握った。目の前の男が清松や多くの若者を死なせ、上手く均衡を保っていた街とヤクザと警察の関係がこじれる様な事件を起こしていると思うと殴りかかりそうだ。
 今はまだダメだと自身に言い聞かせ、想はタイランの笑みに呆れた様に眉を下げた。

「帰っちゃやだヨー。せっかく仲良くなれそうじゃナイ!」
「…仲良くしたくないんだけど」

 想の冷やかな視線と言葉に、ひどい!とタイランが大袈裟に悲しむ様子を作る。想は作り笑いを貼り付けて自分の肩に腕を回す相手の背中へ手を当てた。

「仕返しだよ。分かるだろ」

 そっと身体を離しながら軽い言い方で想が言うと、タイランは懐っこい表情で笑った。

「ハルオって面白いネ。仲良くしヨ。俺、友達いないんだよネ」

 タイランの声は軽く、笑っていたが雰囲気が少し淀むのを想は敏感に感じた。

「…外国人だからじゃないの。タイって中国人?韓国とか?」
「んー、国籍は中国かナ?」
「かな?」
「俺もよく分からナイ」

 まぁ気にするなよ!とタイランは話を打ち切り、想について来いと言うと足速に裏通りへと向かった。
 歩速は少し速いと感じるくらいだったが、タイランのおしゃべりは止まらなかった。日本のアイドルの話から、食文化、人間模様。たった今、会ったばかりの想に対して昔からの友にでも話す様に喋り続ける。
 想がうんざりした顔でうるさいと耳を塞いでも、タイランは想の正直なところを気に入ったと大笑いした。
 暗い通りを十五分は歩いただろうか。古くぼけて薄汚れた小さな廃ビルへと入る。両隣は聞いた事はないが名前を掲げた会社か何かが普通に入っている様だ。想とタイランがコンクリートの階段を上ると、三人の男が扉の前で座り込んでいる。

『帰った。リアはいるか?』

 タイランの中国語を理解しながらも想は知らぬふりで壁や天井を見る仕草でごまかす。リアとは誰だろうか。
 三人のうちの一人が立ち上がると、タイランを睨みつけた。

『リア様が寛大だからって調子にのるなよ!お前は自由に出歩いていい身じゃねえんだ。何処行ってた?見張りの二人が先に帰ってきたぞ!』
『はぁ?別にいいじゃん。こうして戻っただろ?ついでにお前らの探してた日本人の使えそうな運び役見つけてきたじゃん』
『っ…!このっ…何様だ!』

 揉めているのは明らか。タイランは偉い立場ではないのかと、想は内心首を傾げた。
 タイランに言い迫るのは一人だったが、残りの二人もタイランを見る目は冷たい。

「タイ、俺が邪魔なら帰るよ?」
「ハルオの事じゃないカラ大丈夫だヨ」

 タイランは強引に想の手首を掴むとグイグイと引っ張りながらドアを開けて中へと入っていく。
 見張りの男が捲し立てていたが、タイランは知らぬ顔してドアを閉めてしまった。

「ハルオはここで待っててネ」

 手を離してタイランは一人で奥へと姿を消す。中は薄暗く、奥からは人の声もかすかに聞こえる。周りは嫌な甘い匂いがしていた。薬物だろうか。想は此処が『カラン』の溜まり場の可能性を考え、微かに指先が冷えるのを感じた。

 




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