13





 島津と大崎が岩戸田の愛人、カズマに会いに行こうかと言う頃、想は洗面台の鏡を見て顔を強張らせていた。
 いつもは少し赤みがかった焦げ茶色の髪を真っ黒に変えていた。どこか幼くなったような、落ち着きのない感覚に視線を逸らす。
 普段は着ないようなダメージジーンズにスタッズの付いたゴツめのベルト、トドメにシルバーのドクロのがプリントされたパーカー。

「…ダサいよ」

 いい歳してこんな格好、と衣装提供者の蔵元を呪いつつ、白縁の伊達メガネを掛けて完成。
 想は財布と携帯電話を持ってブーツを履くと、少し歩いて近くの公園へ歩いた。予め呼んであったタクシーに行き先を告げる。
 運転手はタクシーを使うようには見えない風貌の想をバックミラー越しにチラリと見た。その視線に気付いたが、想は知らぬ顔で外を眺めてタクシーが目的地に着くのを待つ。普段、想たちの働いている店のある方角とは反対。行き交う人々も多いのだが、若者が多く集まる場所だ。

「はい、着きましたよ」
「ありがとうございます」

 少し街中を通り、駅からもさほど遠くない場所で降りた想は夕刻前の人の波に溶けるように入り込んだ。岩戸田が次に利用しそうなクラブハウスでさっそくイベントが開かれると言う。
 主催は一般のイベントサークルの様だが、もしかすると『カラン』や岩戸田に繋がるものがあるかも知れないという事で、想が出向く事になったのだ。
 まだほんのりと明るい夕方だが、会場の周りには人が集まり始めている。中への案内も進めている様子だ。想が客層を観察しながら自分の番を待っていると、後ろからヒソヒソと話す声が聞こえた。それは自分の事で、「前の人」と言われて自分の身なりを思い出す。「遊びたい願望のある残念なダメ男」を目標に蔵元はコーディネートしたそうだが、流石にやり過ぎたダサさでは?と内心で呆れて小さな溜め息を漏らした。
 外の声は聞かぬふりを決め、案内を聞いて中に入ると既にそこは熱気が篭っていた。
 暗い会場は青や紫などの明かりと大音量の音楽で溢れ、質の良いウーハーが腹の底に響くような低音で身体を自然とその場に馴染ませてくれる。
 想はとりあえず中を歩いて周り、逃げ道と広さを把握しようと行動を開始した。途中、何度か女性から声をかけられたが、なんとかかわしながら20分ほどかけて念入りに場所を身体に覚えさせる。人に紛れやすい所、全体を見渡せる所、隠れ場所。
 想は人の間をすり抜け、一息つくためにバーカウンターへと落ち着いた。少しアルコールを入れて周りに馴染め、と言う島津の助言を忘れないためにだ。

「ショットガン」

 手っ取り早く気分を上げようと、普段作っても飲む事はあまりない酒を注文して、想は賑やかなフロアへ視線を向けた。あまり長い時間いたら頭が痛くなりそうだと目を細めて盛り上がる人間たちを眺める。
 ナンパ待ちの女。それを品定めする男。逆もまた。溢れる酒と音楽に掻き消されそうな声。
 想は自分の手元に置かれたグラスに軽くお礼を告げると手で蓋をして机へグラスの底を叩きつける。中身が一気に混ざり合い炭酸が泡立ち始める。想は溢れる前に一気に飲み干した。
 テキーラ独特の香りが少し和らぎ、飲みやすい。喉を通るアルコールに一瞬クラリとしそうになる。

「ははっ、飛ばすネェ」

 飲み干したグラスをカウンターへ静かに置いた想に、声がかけられた。
 どこか訛りのようなものを感じるニュアンスから外国人かと視線を向ける。

「俺はタイ。一杯奢ろうカぁ?」
「……あ、ありがとう」

 親しげに話しかけてきたのは男で、想は驚きながらも思わず誘いに乗った。
 男は探し求めていたタイランだった。写真通り、さらりとした黒髪に細い目、唇。思ったより背丈はあり、想と同じくらいの体格だった。

「あーい。カンパイネ」

 手元に置かれたグラスを勝手に打ち付け、タイランは一気に飲み干した。想も同じように一気に二杯目を飲み干す。

「ふは…ちょー回る…」
「なにな二?もしかして弱いのカ?」

 可笑しそうに笑うタイランの目はもはや糸並みに細くなり、けれどその楽しそうな様子に思わず想も笑ってしまった。

「強くはないけど…飲めなくもない」
「…?どっちなノ!」

 けたけたと笑いながら追加のアルコールもガブガブ飲み進める。

「強いんだ?」
「お酒大好キ」
「俺も。ワインが好きすぎて、お金が無い。仕事も無い」
「そうなノー?じゃあこんな安酒、好きじゃないんダ?」
「そんな事ないけど…手っ取り早く酔っ払って、現実逃避かな」

 空のグラスをちらりと見ながら、想はタイランを探るつもりで話を続けた。

「本当はワインで商売したかったんだけど、失敗してからは何にも上手くいかないんだ。こーゆー所に来たらオイシイ仕事あるかなって」
「オイシイ仕事?」

 なになに?とタイランが体を寄せて想の話に興味を示した。想はそっとタイランの耳元に話した。

「中身は知らないけど、何かを運ぶだけでかなり貰えた事があって、またそう言うの誘ってもらえないかと思っててさ」

 はぁ、と想が深く溜息を吐き出した。それを見たタイランが口角を上げて意味ありげな表情を想へとむけた。
 想は首を傾げてさり気なく酒のお代わりを頼んで、なんの気もない素振りをしたが、タイランが何か企んでいる事は読み取れた。そう言う人間を見てきた想にはわかる。タイランから誘いがあるだろうと確信して手元に出された酒へと手を伸ばした。
 その手をタイランが止めた。以外と強い力に想は瞬きを繰り返して戸惑った風を装う。

「え、なに?」
「運ぶ仕事、したいノ?前は捕まらなかっタ?」

 何かを見透かすように細い目が想の瞳を凝視する。想は視線は逸らさず、けれど不審げに眉を寄せつつ頷いてみせた。
 タイランはしばらく想の手を掴んだまま、ただ想の目を見つめていたが、ふと目元を緩めると手も離した。

「俺、毎日退屈なノ。今からコレ、駅の西口ロッカーに運んでみてヨ。そしたら割のイイ仕事紹介しよーカ」

 タイランはそう言って自分のポケットから自転車に使用されているような小さな鍵を取り出してバーカウンターに置いた。
 突然の誘いに想は返事を返せずタイランを見つめる。

「ヤル?」

 念を押すように言われて、想はその鍵を掴んだ。
 タイランはそれを見るとにやりと目を細めて笑い、携帯電話を操作し始める。

「よーい、ドン。ほら、早くしなきゃ俺の仲間に捕まるヨー?」

 携帯電話から視線だけをそうに向けた楽しそうなタイランの目は笑っていなかった。バーカウンターから数メートル離れた場所にいたレザージャケットの男とグレーのパーカーを着た男が想の方へと歩いてくるのが見える。

「捕まったら、どーなるカナ?あ、名前聞いとこうか」
「ハルオ」

 想はそれだけ答えると酒のグラスを残して席を立った。一瞬くらりとする酔いを感じたが、決して目立つように急いだりはせず、人混みをすり抜けながら出口へと向かった。

「ハルオね、ガンバレー」

 タイランはけたけたと笑いながら想の残したグラスを傾けた。

 



text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -