暖かい日が続いているが、昼間だというのに雨が降りそうな空は、少し重たい雰囲気だった。
 純和風な料亭の門から、少しそこに似合わない外国人が姿を現わす。
 歳は四十代を越える頃か、明るいブラウンには白髪が混じっている。
 けれど男が纏う雰囲気は優美で、背の高さに加えて均整の取れた身体付きが、男らしい色気を滲ませるようにスーツを着こなしていた。
 後ろから現れた少し若い護衛の男がスプリングコートを広げ、男の肩に掛ける。

「はぁ……タタミって足がおかしくなっちゃいそうだよ」

 流暢な日本語で文句を口にすると、遅れて姿を現した新堂が呆れたように答えた。

「座敷を希望したのは貴方だ。エドアルド」
「あっはっは!そうだけどね。タタミって憧れるだろう?ああ、でも今度は日本のイタリアンレストランに行ってみたいな」
「構わないが。何年後だ?」
「すぐには実現できない?」
「お互い忙しいでしょう」

 エドアルドと呼ばれた男に倣って軽口を交えて答えた新堂に、彼は笑みを向ける。

「仕事を頼んだんだから近々機会があるはずだろう?楽しみにしているよ。……まずはキミの可愛い人に会いに行ってみようかな」

 そっと身体を寄せて新堂の耳元にエドアルドの囁きが通る。
 スッと細められた視線と、新堂の纏う空気にエドアルドは柔らかく微笑んだ。

「新堂の事は信用しているよ?私が見込んだ男だ。でもね、部下や恋人が腐っていたら?仕事を任せたくないのが本音だ。だから一応見ておこうかな」

 新堂はエドアルドを見据えていたが、ふっと口元を緩めた。

「彼は実直な男だ。こそこそ嗅ぎ回られるのは不愉快だが、知りたいと思うのは当然か。それで俺の部下は貴方のお眼鏡に叶ったか?」

 エドアルドは答えなかったが、それは肯定だろう。
 慎重なエドアルドが新堂の身辺を調べていてもおかしくない。部下は少ないが、出来る人間揃いだという事は分かっただろう。
 新堂の『好きにしろ』と言わんばかりの様子にエドアルドは満足そうに笑みを深める。

「ふふふ、新堂の秘密の金庫を覗いた気分だな。楽しみにしておくよ」

 エドアルドはイタリアのマフィアだが、話の分からない男ではない。どこまでも自分の組織を第一に考えている。それだけだ。
 新堂が、この街を外敵から守りたいという信念も同じような物だろう。
 たとえエドアルドが想を探りに出たとしても、想が彼の機嫌を損ねるとは思わない。彼も満足すれば、そっと新堂の秘密を守ってくれるはずだ。

「新堂、仕事を受けようと思ってくれて感謝するよ。私が動く事も可能だけれど…日本でドンパチやる訳にはいかない。均衡を保つのって大変だな」
「タイランも考えたものだ。日本に隠れようとは」
「我々から盗んだ薬のレシピ回収も急ぐけれど、先ずはタイランを捕まえて欲しい。ボスのご所望でね。まだ未完成の薬だから流石に出回るには時間が掛かるはず。どこかに身を隠して作るだろう」

 新堂は上着のポケットからタバコを取り出し口元へ運んだ。
 エドアルドがそっと火を差し出す。

「出来る限り協力はしたいんだけど、あまり表沙汰にはしたくない。私たちは日本では目立つからね。朝には一旦イタリアへ戻るよ。あちらで調査を続ける」

 火を借りた新堂が礼を告げる。
 新堂は日本に戻ってから殆ど仕事を受けていない。法の隙間を掻い潜り黒い仕事は時折していても、人を使い、電話一本、紙切れ一枚で片付ける。自らこうして動く事は殆ど無くなっていた。まるで隠居生活だと新堂自身が思うほどだ。

「聞き流せる内容なら俺も受けなかっただろうな。気掛かりなのはタイランの企みだ。身を隠すなら母国の中国で十分だろう。確か父親に放り出された三男がいると聞いたがそいつじゃないのか?何を考えていやがる」

 新堂がエドアルドに心当たりはないのかと視線を向けたが、申し訳無さそうに目を伏せる相手からは何も得られなさそうだ。

「薬を盗んだ連中を捕まえたが、タイランの名前までしか聞き出せなかった。ゴミみたいな奴らだが骨が折れたよ。なかなか吐かない」

 尋問中に死んだ連中に毒突くエドアルドは嫌悪の感情を隠さず、それが表情へと現れた。
 一癖も二癖もある事を物語っているようで、新堂は重い気持ちで紫煙を吐き出す。

「そろそろ行く。何か分かったら連絡してくれ」

 新堂が携帯灰皿にタバコをしまうと、部下の日下が車を取りに向かった。
 エドアルドは新堂へと腕を広げて抱擁を求めたが、新堂が軽くあしらうと残念そうに笑って腕を下げ、通りに待たせてあると言う車の方へと護衛を連れて行った。
 数秒後、日下のまわした車に乗り込み新堂はネクタイを緩める。

「有沢様の所に誰か行かせましょうか?」
「想はしっかりしている。必要ないだろう。まずはスンの所だ」
「かしこまりました」

 部下の日下は眼鏡を軽く押し上げてズレを直し短く返事をすると、すぐに車を出す。黒いベンツはあっという間に昼間の街中に紛れて消えた。
 
 
 



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