ぼんやりとした意識が少しずつ自分のものになってきた。そう感じて、想は身体をベッドに沈めたまま、一度目を閉じた。
 熱いひと時に完全に酔ってしまった想は眉を寄せ、難しい顔で唇を引き結んだまま、怠い身体に大きな溜め息を吐き出した。
 いつものように温かくされたタオルにはいい香りのオイルが数滴馴染まされ、新堂がうつ伏せでベッドへ寝そべる想の背中を優しく撫でるように拭いている。動けない訳でもなかったが、気持ち良さに甘えてしまう。
 心地良い感覚に想が気を緩めてしまいそうになった頃、瞼を開いて、自分で気を引き締めた。

「すみません……これから、出掛けるって話してたのに」
「どうして想が謝るんだ?俺が誘った。想はしっかり準備してただろう」
「……だからって、ホント……ごめんなさい」

 想は微かに頬を赤くしてシーツへ顔を埋めた。
 新堂の視線や肌に触れる手で、簡単に自分の中の欲望に火が付く。そしてはしたなく本能のまま獣のように欲しいものに夢中になってしまうのだ。
 それがどうしようもなく恥ずかしい。

「ごめん?謝るくらいなら俺を押しのけてみろ。想になら出来るだろう」

 そっと身体を寄せ、どこか楽しそうに耳元に囁かれた想は反射的に目を閉じた。
 耳の奥に残る新堂の声は、いつだって優しい。
 だがその声は、想が新堂を拒絶出来ないと分かって言っているようだった。
 実際その通りである事に想は口元を歪めて一瞬押し黙ったが、新堂の唇がうなじに触れ、慌てて起き上がる。

「うわっ!もう駄目!絶対駄目です!」
「しない。キスしただけだろ?」

 微かに笑われ、想は頬を染めた。

「漣にキスされるとわけわかんなくなっちゃうから……もう、やだよ」

 最後はただの呟きとなり、溜め息を吐き出しながら想は髪を掻き回した。
 よろつきながら立ち上がり、クローゼットを開いて新しい下着とワイシャツを身に付ける。
 その後ろにやって来た新堂はハンガーにかけられている黒い細身のスーツを軽く撫でた。
 喪服のような黒では無く、どこか光に当たると目立ちすぎないピンストライプが現れ、不思議な雰囲気を醸し出す生地だった。

「カバーから出して風を通しておいた。これを来て行けよ」
「いいですけど……新しいスーツなんて要らないのに」
「柴谷さんの奥さんからだ。内緒の贈り物にしたいからと、採寸は俺が想に作った時のサイズで出したが大して変わっていないだろう」
「そうなんですか。……俺、すごく良くして貰ったんです…漣が居ない間、柴谷さんは厳しい事を言いながら励ましてくれたし、奥さんは色々な話をしてくれました」

 想は見舞いに必ずポテトチップスの海苔塩味を要求してきた柴谷を思い出して彼の居ない今に少し寂しさを感じる。実の祖父が亡くなった時とは明らかに違う寂しいと言う心情に想はスーツを手に取りながら、自分に優しくしてくれた柴谷の姿を思って顔を緩めた。
 こんな今風のスーツを老舗テーラーにオーダーした柴谷の妻が可愛らしく、気の利く女性だと改めて実感させられる。
 そして彼女が添えるように用意してある控えめだが差し色には美しい暗めの青いネクタイは、今時のスーツを着てもきちんとした男に見せてくれるであろう。
 貫禄のあるスーツを着こなすには想はまだ未熟かもしれない。着こなすというよりは、着られてしまう場合も。
 スーツを目にして何かを考えている想を見て新堂は続けた。

「医者も驚くほど余命より長生きしてた。想を孫のように思っていたんじゃないか?凌雅くんも想を弟みたいに可愛がってるし、正直未だに妬ける。この人たらしめ」

 新堂は言葉とは裏腹に満足そうに笑みを深めながら想のスーツを手から奪うとハンガーから外して広げた。
 袖を通すように促され、素直に応じる。
 想が言葉に迷っている間に、跪きスラックスも穿かされた。ベルトを留め、ネクタイを首に回される。

「俺……そんなつもりは……」
「責めてない。むしろ尊敬するよ。たくさんの人から愛されて、多くを感じられる」
「俺は漣を愛してます」
「みんなに妬かれるな」

 口元に笑みを浮かべた新堂と視線が絡む。
 想は、くすっと微笑んで優しく唇を重ねた。
 








 墓参りを済ませた想は新堂の肩に頭を預け、車の後部座席で微睡んでいた。
 新堂は契約書に目を通しながら疲れた様子の想をそっとしてやる。
 明け方までの仕事明けに、甘いセックス、墓参りと続き、想はもうひとつ新堂に隠れて仕事をしていた。隠れてと言っても、新堂はそれを表に出さないだけで知っているわけだが。
 関東広域をシマに手広く裏から表まで仕切る暴力団、青樹組(あおきぐみ)。
 新堂は青樹組の傘下でも資金ぶりの良い大きな組織、白城会(しらきかい)を先ほど墓へ挨拶に行った亡き柴谷から継いだのだが、現在白城会は無い。
 新堂が解散させている。
 青樹組の前・組長である立花全(たちばなぜん)は、本人の息子である若林と孫の想によって殺されていて、今は立花全の補佐であった希綿悠造(きわたゆうぞう)
 若林と新堂が立花全を引き摺り下ろす計画に賛同した希綿は、彼らと深い付き合いだと言えた。
 新堂の恋人である想を知っている少ないうちのひとりだし、希綿は想を気に入っていて、店に来る事もたまにあった。
 そして、想は希綿の懐刀である大崎七翔(おおさきななと)と言う青年に協力し、情報収集に勤しんでいた。
 最近目立つ中国系の窃盗グループ『カラン』が、青樹組のシマで幅を利かせているのだ。
 物件を買い漁り、裏カジノを開いたり密入国させた少女たちに売春させたりと好き放題だと言う。
 大崎と想は別段仲が良いわけではなかったが、年が近く考え方が似ていた。
 『自分たちのテリトリーを侵害されるのは許せない』と。
 大崎も想の様に家族を身勝手な連中により奪われた青年で、一般人と裏社会は隔てたいと考えている人間だった。
 そんな大崎はシマを荒らす『カラン』の足を掴み引き摺り出して償わせる為に奮起していた。希綿の顔に泥を塗るような真似を許さないと。
 希綿は大崎のようなカタギであり、裏でも表でも動ける少人数のチームのようなものを作っていた。
 組が大きくなれば揉め事も増え、外からも攻められる。それを未然に防ぐ事、抗争の種になりそうなものを排除もしくは早急に対処する為に動かすチームはヤクザが生きにくい世の中には必要なものかもしれない。
 抗争となると末端構成員たちは生活も厳しくなるし、一般人にも危害が及ぶ可能性がある。
 暴力にモノを言わせて道を進むこともあるが、このご時世で生き抜く為には頭も必要だった。
 中でもフリーで動いている大崎は仲間と連携しつつ、行動力と知識があり、尋問が上手い想に力を借りることにした。
 そして密かに窃盗グループに手を貸していると思われる小さな傘下の組に辿り着いた所だった。
 思考に入りかけていた想に、ふと新堂が低く囁いた。

「想、あまり頑張ると後が怖いぞ」

 新堂が頭を寄せてそっと声をかける。
 想は小さく頷き、新堂の腕を掴んで微睡みの中を心地良く漂った。

「悪いな日下、少し遠回りで送ってくれ」
「かしこまりました、新堂様」

 新堂は運転席の部下にそう伝え、車はマンションとは逆の方へとウィンカーを出す。
 新堂は疲れて眠る想の呼吸を感じながらタブレットPCに触れた。
 街中の賑やかな雰囲気とは逆に、ゆったりとした時間が車の中を過ぎていった。








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