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 二日後の昼前、夏は少し混み合う昼時のイタリア料理のお店で、久しぶりに会う友隆を待ってそわそわと辺りを見回した。
 約束の時間の三分程前に友隆は現れた。店の入り口で店員にコートを預ける姿を見つけて夏が背筋を伸ばす。相変わらずカッコイイ…店の女性のみならず、男の視線も奪う美形。視線を送っていると、彼もそれに気がついて夏を見つけた。

「顔色いいじゃん」

 友隆はニコリともせず夏の向かいへ座る。店員にワインのリストを頼む間も視線は夏へと向いていた。

「嘉苗、ビデオの仕事辞めたってな。まぁ裏モノでもない安い仕事だったし無理ねぇか。世の中厳しいからな」

 冷めた様子の友隆に夏はムッとしながらも反論はせず、自分の言葉のタイミングを見計らうつもりでいた。

「ホント、難義だな」
「それ、友隆じゃん」

 夏の声が己の言葉に被る勢いで返され、友隆の眉がピクリと反応を示す。

「どうしてそんなに冷たいの?嘉苗はずっと友隆の力になってたよね。安い仕事だって分かってなんで長い間やらせてたの?今は…もう関係ないの?」

 夏の視線は非難ではなく、どこか悲しそうなもので、友隆はうんざりしたように目を逸らした。

「はぁ、話ってソレだな。うぜぇんだよ。…思いやれって?足を引っ張り合うのがオチだろ」

 友隆は店員が持ってきたワインのリストからひとつを頼み、夏へ視線を戻した。自分の事を見つめる眼差しが弱々しく、友隆は大きな溜め息をひとつ吐き出し視線を外す。

「よくもまぁ、お前が俺に歯向かうような事言えたな。少しは成長してんじゃん。俺はもう必要ねぇな」

 すぐにグラスのワインが席に運ばれ、夏の手元にも置かれた。赤い液体を見て、夏は押し黙る。代わりに友隆はぽつりと言葉を続けた。

「お前がモデルやってる限り嘉苗はビデオ撮りするって俺と約束してた。悪いけど夏、お前の所為だから。俺に言わせてみれば、なんであんな仕事したがったか理解出来ない。一生残るかも知れない汚点を望んで作って、意地になって、…はぁ」

 友隆の言葉は夏の胸に重くのしかかった。自分が他の会社でAVに出ることを断固として譲らなかった嘉苗を思い出していた。そして友隆もそれだけは許さなかった。

「俺なんかのどこか良いんだか。よく分かったろ。俺は人としてどっか足りねぇって自覚してるよ。お前が案外イイ身体って知って色々教えちまったし、ダチの嘉苗を切った。…でもな、何にも悪いと思えない。利用できるものは利用して必要無い荷物を捨てるってのが当然だろ」

 ワインを飲み干し、友隆はグラスを置くとネクタイを少し緩めて前髪を掻き上げた。冷たい瞳がはっきりと見えると、夏はその色っぽい仕草にドキリと胸が鳴った。
 どれだけ好きでも、彼は自分を見ない。
 夏は少し寂しいと思ったが、友隆が出て行った日に恋心は捨てたのだ。モデルの仕事と一緒に。
 夏は震える声を叱咤して、伝えるべき事を音にした。小さくなってしまったが、友隆には届くはずだと。

「好きになって、ごめん…ワガママ言って、ごめんなさい…でも、友隆のこと、必要無くない…ごめん、でも、ずっと家族でしょ…?」

 涙を堪えるように鼻を小さく啜り、夏は唇を引き結んだ。友隆はちらりと夏を見たが何も言わずにいる。

「嘉苗も、紫乃さんも、友隆のこと好きだよ…だから、もう必要無いとか嫌だ…月に一回は帰ってきてよ…ご飯一緒に食べて、顔見たい…ともたか、お願い。…俺は父さん知らないし、母さんには置いてかれるし、言うこと聞けなくて馬鹿な事もしたけど、友隆と家族でいたい…!」

 ちゃんとするよ、と言う夏の声は涙声だった。
 友隆はグラスの下へ札を挟むと立ち上がり、店員へ視線をやった。すぐ様やって来た店員へ一言二言告げると、座ったまま俯く夏の手首を掴んで強く引いた。

「めそめそするな。出るぞ」

 夏は抵抗も無く腕を引かれるがまま友隆の後に続いてレストランを出た。
 痛いほどに掴まれる手首に夏は友隆の強引さをひしひしと感じる。しかしその手がなんだかんだと言いながら優しい事も知っていた。
 友隆は人に対する優しさを上手く出せないのだろうか。酷い事ばかり言い、冷たくあしらうくせに忙しい中、夏との時間を作った。嘉苗がAVの仕事を辞めたことも知っていたし、完全に忘れようなどと思っていないのではないか。
 夏は視線を引かれている腕から彼の背中へ変えた。
 友隆がいつも必死で上を目指すのは何故か、夏には分からない。けれど夏を捨てた母親のように、無責任に置いて行ったりはしないのだ。
 夏が友隆の背中に声をかけようとした時、引かれていない方の手をぐいっと掴まれて夏は驚いた。慌てて振り返るとひとりの男がいる。

「夏」

 急に足を止めた夏に、友隆が不満の声を掛けながら振り向いた。
 夏は見知らぬ男が向ける視線にゾッとし、動けないでいる。握られた手は熱く汗ばんでいて、じっとりと張り付くようだ。

「ナツくん、なんで引退なんてしちゃったの?!」

 まだまだ若くて綺麗なのに。と両手で夏の手を握る男は、ゲイモデルのナツのファンの様だ。







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