13


 

 夏は街中でこの様な事になったことなどなく、ただ戸惑って言葉を無くした。
 ブツブツと鼻息を荒くしながらナツを賞賛する。ちらほらと道を行く人々がひそひそと話しながら通り掛けに様子を見ている視線も感じた。

「ムキムキな子もいいけど、ナツくんみたいなキレイ目な子がモロ感なのってイイよね!そ、その人、もしかしてお客さん?!ぼ、僕も客になれるのかな?!」

 夏が何度も小さく首を横に振る。叫びたいのに声が出ず、手を振り払えない。
 完全に動転していた夏が身体ごと強い力で引き寄せれる。ハッとすると夏は友隆の腕の中。

「汚ねえ手で触るな」

 低く唸る様な声で友隆に凄まれた男は一瞬たじろいた。
 友隆の人目を引く綺麗な顔が、無表情に男を見つめる。男はゾッとするほどの美形に睨まれ、たじろいた。挙動不審な男が言い返す前に、友隆がダンっ!と一歩足を踏み出すと慌てて走り去っていく。
 既に人々の視線も無く、流れるような空気に夏がやっと我を取り戻す。
 夏は友隆の腕の中で震えていたが、そっと解放された。

「び、びっくりした…」

 夏が恐々と言いながら友隆を見ると、変わらずの冷めた視線が突き刺さる。夏は申し訳なさそうに俯いた。

「ゲイビなんて、普通のAVよか人目に触れねえよ。けど、その分コアな客が買うんだ。てめぇがやった事、ビビってんな」

 夏は小さく頷いた。けれど、怖かったのも事実だ。自分を見る人間は、先ほどの男の様に自分を性欲処理の道具として見るのだろう。夏はそう思うと指先が冷えた。

「…助けてくれて、ありがとう…」

 夏が微かに震える声で礼を述べると、友隆は歩みを再開させた。今度は夏の手を掴んでいない。

「しっかり自分を持てよ、バカ息子」

 ポンと叩かれた肩に、夏は顔を上げたが段々とふたりの距離が開いていく。

「例の月一は俺が指定する日から夏が選びな」

 振り返りもしなかったが、夏に友隆の言葉はハッキリと聞こえた。家族と言う関係は保てる。夏は手の中で消えそうだった形を失わずに居られる事にパッと表情を明るくした。

「っ、うん!」

 人ごみに消えていく友隆の背中に夏の返事が大きく響いた。





「新開さんて、エッチ以外の特技とかあるの?」

 上級パソコン教室に通い始めた夏は手慣れた様子で打ち込みをしながら電卓と格闘している新開に尋ねた。
 怪訝な顔で顔を上げた新開をちらりと見て夏はにやりと口端を上げた。

「あー、めっずらしい。いつもならかるーく俺のことかわしてるクセに、変な顔」
「仕方ないでしょうよ。集中してるのにいきなりセクハラ発言されたら誰でもこうなるって」
「余裕のない新開さんて、ちょっと萌えかも」

 ぶふっと吹き出して噎せる新開の背中を笑いながら嘉苗が撫でた。

「嘉苗さん、最近なっちゃんがいじめるの。ひどくないっすか?」
「あはは、好きな子ほど意地悪したくなるんじゃないの?誰かさんみたいにね。あ、新開くんをお勧めしたのは俺だからって俺に罪はないよ?」

 ははは、と爽やかに笑いを残して契約先の会社へと出て行ってしまう嘉苗の背中を恨めしそうに新開が見送り、やれやれと再び電卓を叩き始める。

「新開さん、えっちしよ」
「おバカ。そう言うのは好きな人としなさい!無駄口禁止!」

 夏は新開のそういう所が好きなんだと心の中で笑みを深めた。優しさは深く、厳しさもある。
 以前、夏は新開と仕事で寝たことがある。甘くとろける様な扱いの中に激しさのあるセックスを夏は忘れられないでいた。軽そうに見えて、実は堅実。今でも時折、バイトでタチ男優をしている事も知っていたが、彼の人間性と技術を買われて依頼されるのだから仕方ない。彼は夏のものではないから。
 口を閉じた夏を不審に思い、新開が伺うように視線を上げた。バチリと視線が交わり、夏はえへへと笑った。

「ちゃんと仕事します」

 夏にとってひとつの恋は辛く、周りも自分も見失うほどのものだった。少しずつその硬く重い恋が溶け切り、夏は甘い片思いのふわふわした気分に顔を緩ませた。
 
 
end.



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