11


 


 普段、淡白で自慰など滅多にしたことがなかったが、なかなかイけない不安と足りなさに焦る。想は無理矢理好き放題され、身体がおかしくなったのかと思った。

「うそだ……なんでだよ……っ!!」

 目をぎゅっと瞑ると涙が溢れる。想の嗚咽を聞いて新堂がノックしてきた。

「想。大丈夫か?」

 想は優しい新堂の声に胸がぎゅっと違和感を訴えて来るのを感じた。自分の名前を優しく呼んでくれる人間は若林と彼くらいだろうかと、想の頬に涙が伝った。
 人間の嫌な面ばかりが見える日々。自分もそんな人間のうちの一人。自身が傷付けた人間の身内に報復されるなど、初めから分かっていたのに。
 想はゆっくり扉を開けて新堂を見る。涙でぼやけた視界では彼の表情がわからないが、再び心配そうに声を掛けられて想は新堂に助けを求めた。
 怪我の所為もあり、立っていられるのもやっとの状態の想を抱えてリビングのソファに下ろした新堂のワイシャツを握ったまま、想は泣いていた。

「酒だけじゃなかったのか……薬も?なら早めに病院に行くべきだ。春ちゃんはアレルギー体質だろう?想も一応検査した方がいい。これだけ時間が経っているから心配はないかもしれないが……」
「っ、……どうし、たら……いい、ですか?」

 我慢しろ、と言われて想の目から益々涙が溢れた。

「やることやればスッキリするかも知れないが、この怪我だ。アイスか何かあるか見てくる。熱もあるし大人しくし……」

 想が新堂の襟を掴んで乱暴にキスをした。そのまま拙いキスを繰り返してなんとかその気にさせようと必死になった。
 痛みを超える渦巻く欲に理性は露ほどもなく、どうにかしたい一心だ。微塵の理性で考えられたのは『叔父の若林には頼めない』『自分自身では無理』その二つだけだった。

「新堂さん、お願い……」
「……勘弁してくれ……仕方ない、まずシャワーで目覚めさせてやる。それでも駄目だったら、だ」

 縋りついたまま想は何度も頷いた。
 アルコールと共に薬を摂取した所為か、なかなか覚めずそのままバスルームで行為に及んだ。
 新堂の手は恐ろしいほど優しく、想を蕩けさせた。
 想自身、自分に優しくしてくれる数少ない新堂から何度も名前を呼ばれ、身体を繋げて抱き締められるだけで涙が溢れた。
 傷が痛いとか、失う恐怖とか、そう言ったものから来る涙ではない。
 『この感覚はなに?』と想は快楽の波に呑まれそうになりながら何度も自分に問いかけていた。
 そんな、相手にとってはただの問題解決的な行為が、想にとっての初体験と言うものになった。
 想も新堂もお互いに求め合うように身体を繋げたが、それを知って怒りを爆発させたのは想を案じていた若林だ。

「なんとか間に合ったのに、お前に想を汚されるとは……しかもズタボロなのにだ!」

 ベッドルームに運ばれて、何度目かの絶頂を迎えて箍が外れた想の嬌声に目覚めた若林は激怒した。
 しかし、想の傷に新しいガーゼを付け替えながら新堂は悪びれた様子もなく適当に返事をしていた。
 男たちに陵辱はされたものの、本番までされる前に若林が部下の塩田と乗り込み、狭い車の中で連中をボコボコにした末、塩田に急かされて意識朦朧の想は新堂の元に連れてこられたと言われた。
 若林の怒りに想は気圧されないように必死で新堂の所為ではないと言った。それでも新堂は若林に殴られ、新堂もそれを受け入れ、泣いて謝る想を優しく宥めた。
 それからなんとなく身体を重ね続けていて、しっかりと身体は新堂好みになっていた。新堂は乱暴にしたり、想が本気で嫌がることはしない。まだ若かった想はその優しさと肌を重ねる行為や、味方は若林だけだと思っていた中で自分の為に力を貸してくれる姿に一時期は恋をした気がしていた。
 もちろん新堂から恋や愛だのを向けられる筈もなく曖昧なままの関係が長く続いている。
 想も自分の中にあるものが『恋愛感情』だったとしても、新堂に伝えるべきではない事はよく分かっていた。
 新堂はヤクザの幹部。想は責問役の使い捨ての駒。しかも男だ。
 恋愛経験のない想でも、これがまともな恋愛ではない事くらいは理解出来ていた。
 




 そんな最初を思い出しなが、想は心地好さそうに目を閉じた。

「おい、寝るな。俺に運ばせるつもりだな」
「うん…眠いから無理です」

 いい香りと柔らかいバスタオルに包まれて抱き上げられる感覚に安心した想は完全に眠りに落ちた。





「想、そろそろ出勤だろう。スーツは掛けてある。朝食も適当にしろ」

 新堂がそう言い残して部屋を出た。想がベッドから降りてリビングに行くとテーブルにはサンドイッチがラップを被っている。家庭的な一面も新堂と極道をイコールで結びにくい要因かも知れない。ボクサー一枚だった想は、取りあえずスラックスとワイシャツを着て顔を洗った。寝癖も無いことから、新堂はシャワーの後ドライヤーまでしてくれたに違いない。テーブルにあるサンドイッチを一口食べた想は、分厚い封筒に『有沢』と自分の名が書いてあることに気が付いて中身を確認する。達筆なメモと、現金でおよそ200万ほどだった。メモは新堂のものではなく、恐らく白城会、会長の柴谷玄。メモには『よくやった』と一言だった。
 その封筒の下にももう一つ白い封筒があった。それは、白城会の仕事をした時に目立たない程度に色を付けてくれる新堂からだ。100万はありそうな厚みだ。早く借金を返せるようにと。
 若林と新堂なら想の借金を丸々肩代わりする事など容易かった。なんなら倍の額を出すと、新堂の援助がある若林は自分のボス、岡崎組長の岡崎に頼み込んだ。
 だが、岡崎はそれを許さなかった。想が若林の大切な宝だと知っていて、敢えて自由を与えず、意識不明の春を人質に長年、想を利用していた。
 その事を知っている想は、変わらない若林と新堂の優しさに瞼を閉じた。

「……借金が終わったら……俺には何が残ってるんだろ……」

 ひとりになった新堂の部屋で、そうな呟きは静かに響いた。









text top

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -