友隆が家を出て一週間。夏は外にも出ず、だらだらと時間を過ごしていた。もともとAVの仕事など頻繁にある訳ではなく、自由な時間の方が多い。これはこれで夏には苦痛だった。特に何も考えずにこの仕事をしていたが、友隆と少しでも共通した物が欲しかったからしていただけ。今の夏には見知らぬ男に舐められ触られ好き放題性器を尻に突っ込まれるのは御免だとしか思えなかった。
 ぼんやりとソファーでごろごろしていた夏は手の中のスマートフォンが振動するのを感じる。
 画面に表示される嘉苗の文字に微かに口元を緩めた。この一週間、引っ切り無しに掛けてくるのはこの男だけだった。

「…優しいな…」

 元々、育った環境も特殊だったせいか幼い頃は友達が出来ず、大きくなってからも夏自身が交友を望まなかったせいもあり友達と言うもの自体がいない。そんな夏に連絡を寄こすのは嘉苗くらいなものだ。
 しつこく電話をしてくる嘉苗は何を言いたいのだろうかと夏は震えるスマホを見つめた。
 本やドラマでは、辛い時は誰かと共に居て、優しさや思いやりに触れる場面がある。恐らく嘉苗の電話はその、「温かいもの」だろう。
 夏は震える唇を叱咤して電話に出た。

「…嘉苗、なに…?」

 途端、受話口から怒涛のように嘉苗の声が溢れ出す。どれもこれも夏を案じる言葉ばかりで、夏は涙が浮かんだ。
 自分は片思いを返してはもらえないが、こんなに自分を心配してくれる…愛してくれる人がいる事にゆっくりと涙が溢れ出す。頬に伝うそれを、夏は手の甲で擦った。
 友隆へ恋心を抱いている夏を知っている嘉苗は今、夏は寂しさの中にいるだろうと思ったかもしれない。敢えて電話では友隆の名前は出なかったが、夏は嘉苗のそういうところに感謝して通話を終わらせた。
 顔を上げて部屋を見渡し、ひと息吐くと立ち上がる。事務所にいるからいつでも来いと嘉苗は言っていた。
 嘉苗なら嫌がる事もなく、夏の中で渦巻くモヤモヤとした感情を少しでも分かってくれそうな気がしたのだ。何かが少しでも変わればと、夏は顔を引き締めた。
 上着を取ると玄関へ向かい、ブーツを履きながら思い出す。鮮明に思い出さらるあの日のことを。好きだと伝え、玉砕した。そして強い拒絶。

「…好きって、どうしたら…なくなるんだろ…」

 友隆への夏の好意は彼にとって要らぬもの。けれど息子としてはその場所を許してくれている。
 どこか情に冷めている友隆だが、夏を息子と思っていることは夏自身も強く理解していた。
 いつも友隆は殆ど部屋には居なかったが、今の夏にはパタンとドアの閉まる音が静かな部屋に大きく響いた気がした。





 歩いて20分ほどで雑居ビルの3階にある嘉苗の事務所に着いた。そこは普段嘉苗しか居らず、静かなものだった。

「…嘉苗、来たよ」

 夏がノックの後に声をかけると、内側からドアが開かれた。現れた人物に夏は一瞬心臓が跳ねた。
 撮影で一度共演した男優、新開が居たのだ。彼のテクニックは素晴らしく、上手く自分の演技が出来なかったことを思い出して夏は目を伏せた。

「夏、なんで電話出ないの。心配しんでしょーが」
「ご、ごめん…」

 奥のパソコン机から立ち上がった嘉苗の呆れたような声に反射的に謝罪が漏れた。新開はそんな夏を奥へと促し、自分は外に行くべきか迷ったように嘉苗へ視線を変えた。

「俺、タバコ買ってきます。嘉苗さんも要ります?」
「あ、ありがとー新開くん。悪いね」

 じゃあ、と笑顔で去る新開を見送り、夏は再び嘉苗へ身体を向けた。目の前まで来た嘉苗は、がばっと夏を抱きしめる。
 夏は訳が分からず瞬きを繰り返したが、その腕の強さと、温かさにその背中に手を回してしがみ付くように抱き返した。涙は堪えたが、嘉苗の優しさに抱き着く手は震えていた。

「お、俺…どーすればいいの…」

 夏の目の前にある、大きな困惑に嘉苗はすぐには答えなかった。それでも夏は腕の中にいる間、不安を感じることはなく、そっと目を閉じて嘉苗の声を待つことができた。







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