ー3日後。


「友隆…?」
「悪いな。ホントあっという間。これ、鍵」
「鍵って…いらないのか?」
「婿に行くんだぞ?まぁ、帰るかもしんねぇが、そん時は連絡してからにする。この家と、この通帳、親としてお前に残してやれんのはこれくらいだ。いらねえモンは処分してっていい」

 キャリーバッグひとつ。友隆は何時ものようにブランドスーツを着こなし、玄関で夏の頭を撫でた。呆然と彼を見つめる夏は時間が止まったかのように動けずにいた。

「仕事は他探せ。この仕事、長く続ける事は勧めねえから。俺も時々顔は出すし嘉苗の負担考えると色々手は尽くすつもりだ。四ツ葉のババアに満足してもらえるようにしないと。まずは式の準備だなんだ…」
「ばば…?」

 結婚相手だよ。と心底げんなりした様子の友隆は笑みのひとつもない。

「好きで結婚したんだろ」
「好き?…結婚は契約だ。お互いにな。俺はAV業を辞めたい。ババアは人脈も金もある。モデル達を引き取ってそれこそいい契約の会社に斡旋してくれる。四ツ葉彩子は俺の事が欲しいそうだ」

 分かったか?と言われ、夏は信じられないと友隆を見つめた。友隆は何を考えているのか分からない、無表情な目を夏に向けたまま、珍しく口元に笑みを作って、もう一度夏の頭を撫でた。

「もうガキじゃねえもんな。心配ないな」

 反応を示さない夏に、今度こそ本当に友隆は一歩離れた。
 夏は慌ててその手を取ると、友隆の指先にキスして口に含み、ねっとりと舐め上げた。そのまま友隆を壁際に追い詰める。
 友隆は夏の行動に一瞬驚いたが、指を舐めしゃぶる夏を冷ややかに睨み付けた。

「何してんだ」

 怒りを含む声に、夏は肩を揺らしたがそのまま友隆に掴みかかるように身体を寄せ、唇を近付ける。けれど、友隆はそれを手で遮るとそのまま夏の顔を押して遠ざけた。夏はその力に2歩ほど下がり、泣きそうな顔で彼に恐る恐る視線を向けた。

「と、友隆…」
「夏!」
「だって!好きでもない四ツ葉のおばさんと結婚するなら俺だって…俺とだってセックス出来るだろ!」

 一回でいいから…と縋るように声を絞り出した夏の襟を乱暴に掴んで、友隆は玄関扉に夏を叩きつけた。
 ガン!と音がし、夏は痛みに顔をしかめる。友隆の怒りがひしひしと伝わり、夏は身体が震えた。

「俺たち親子だろうが!本物の親子じゃ無くたって姉貴の息子のお前とは少なからず同じ血が流れる。お前は…くそっ」

 友隆は珍しく怒りを顕にした。夏の襟を離し、顔を押さえて友隆は舌打ちと共に大きなため息を吐き出した。

「はぁ…もう大人だろ。今生の別れでもあるまいしそんな必死に何言ってやがる。いつでも用があれば連絡してこい。じゃあまた」

 友隆は静かに言うと扉に手をかけた。夏は縋るように友隆の背中に抱きつき、ごめんと謝る。友隆はなんの気持ちも読み取れない表情で扉を見つめたまま、震える夏の身体を感じていた。

「お前が俺を好きだってのはなんとなくわかってたが嘉苗から聞いて納得した。それでも俺は距離を保ってたぜ。お前がAVに出るって言い始めて、あー親に似たかってガッカリしたけど俺が教えてやれることは教えてやっただろ」
「知ってたのか…?俺が友隆を好きだって…じゃあっ、好きだから…友隆に興味を向けて欲しくてゲイビデオの仕事したいって言ったのも分かってた…?」

 友隆の背中に抱きついたまま、夏は震える声で自分に確認するように言葉を吐き出した。友隆は反応を見せず、益々夏は怖くなる。一度は友隆にも嘉苗にも止めておけと言われた仕事を無理矢理始めたのだ。友隆の気を引きたいがために。それを知っていたのなら、呆れられても仕方が無いと、夏は胸がキリキリと痛むのを感じてゆっくりと目を閉じた。

「…好きだから…して欲しい。結婚もお祝いするからっ…俺、好きな人としたことないままなんて、ヤダ…」

 夏の声は次第に切なそうに震えが強まり、友隆にも泣きそうな様子が伝わる。それでも顔色ひとつ変えることなく、友隆は自分の腰に回る夏の腕を優しく解くと扉を開けるためにノブに手をかけた。

「お前にはハッキリ言った方がいいのかもな。…悪いけど好きとか気持ち悪い。姉貴…お前の母親もそう言ってガキの俺に跨ってきた。初体験が実の姉よ?トラウマだ。一歩間違えばマジで俺がお前の親父だったかもしんねえ」

 ガチャ、と扉が開きバタンと閉まる。玄関に裸足のままひとり残った夏はぼんやりと閉められた扉を見つめて静かに涙が零れ切るのを待った。





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