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時折棚を閉じる音や、足音を聞きながらソイルはシーツにくるまってじっとしていた。
自分の無力さで立て続けに目の前で人が死に、やっと手に入れたと思った安心できる存在に言葉の弾みで酷い事を言ってしまった。ソイルの言葉はギロアに対して言ったものではなかったが、彼は悪魔の様だと評した男トバルコが彼自身と同じ穴の狢だと言う。
「……違うよ…」
ソイルが小さく呟くと同時ほどに、ベッドがギシリと軋みシーツごとソイルの身体が抱き寄せられた。その腕はギロアだとすぐに分かったが、ソイルは反応を示さずにいる。
「なに不貞腐れてるんだ。まだ何かたりねえって?」
ギロアがソイルの頭に顔を寄せたことはシーツ越しにも分かった。優しい声が耳をくすぐる。
「…ソイル」
全く動かないソイルからゆっくりとシーツを剥ぎ取り、ギロアは露わになったソイルの頬に手のひらを当てた。眉間にシワを寄せ、唇を引き結ぶソイルの顔を見ていたが、小さく溜め息が零れた。
「お前が何を足りんと思ってるのか全く分からん」
「足りないなんて思ってない…俺がお願いすれば文句言いながらでも、してくれるじゃん」
「…はぁ、それが分かってるなら遠慮してねえで言えよ。俺は心理学とかはてんでダメだから無言で期待するな。要求はハッキリしてもらえると助かるんだが」
「あはは…分かってるよ。アンタは馬鹿じゃないのに殆ど直感で生きていそうだもんね」
褒められているのか貶されているのか、いまいち分かりかねてギロアは眉を寄せる。そんなギロアの雰囲気を察して、ソイルは苦笑いしながらベッドへ座るギロアの首へ腕を回して抱き付いた。強く抱きつけば同じ様にギロアの腕がソイルの背中を包む。ソイルはホッと息を吐き出し、その腕に安心して目を閉じた。
「…アンタは全然違う。トバルコとは違う」
ソイルの呟きに、ギロアは瞬き少しばかり増やした。そして大きく溜め息を吐き出しながらソイルの背中へと回していた腕を身体へ滑らせ、シャツの裾から手を侵入させた。驚いたソイルの腰を片腕で抱き寄せ、もう片手はソイルの素肌を撫でて行く。背中を這う熱い手に、ソイルは身体が震えた。
「昼間のことか。たく…馬鹿か。俺は気にしてないんだぞ」
「それでも…ごめん。謝らなくていいとか、言わないでくれよ」
少しばかり泣きそうな震えた声を耳に受け止め、ギロアは頷いた。
「分かった。お前の謝罪は受け取った」
あっさりと言い切るギロアを見てソイルは彼が微塵も気にしていなかったと物語っている気がした。思わず悔しそうに顔を歪めると、ギロアは伺うように顔を覗く。
「…受け取ったって…アンタさ、ホント何に傷ついたりするの?鉄のハート?サイボーグかなにか?」
「そんな訳あるか。おっさんなんて言われたら傷つく普通の男だぞ」
冗談の様に言いながらも表情は穏やかで、ソイルを見つめる視線は真っ直ぐだ。そんな視線も心地よく受け入れられる。
「それにお前が悪いことしないかひやひやしてる。一度でも捕まってみろ。後から後から今までの悪事が出てくるぞ。実刑は免れん」
「…現実味があり過ぎて怖っ…ひやひやしないでいいってば。もう悪さなんてしないよ」
「どうだかな」
責める言い方ではなく、呆れている様な愉しんでいるような色の声にソイルもつられて微かに笑った。
「…心配しまくってればいいよ。それくらい俺のこと考えてて」
ソイルは言いながら唇を求めるように顔を近づけた。まるで不可能などなさそうな恋人が、自分を心配する姿を思い浮かべてほくそ笑む。それから、すぐに己の求めるものが得られると確信してソイルは口元に笑みを浮かべたままそっと目を閉じた。
end,
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