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 バタンと助手席のドアを閉め、ソイルは深く息を吐き出した。その頭を熱い大きな手が撫でる。ソイルはその手に甘えるように頬を寄せた。

「俺、本当の事…言えなかった」

 ギロアはそれでもいいと答え、来た道を戻る。
 ソイルもギロアも会話はなく、静かにエンジン音だけが響いていた。
 しばらくして絞り出すような声が微かに車内に漏れた。

「トバルコは最低だ…リーセルは無抵抗だったのに。俺が歩けなくて気を取られてたから…」

 膝の上の拳がぎゅっと握られるのをギロアは横目で見て、微かに頷く。

「あの家の中には子供もいた…でも、燃やしたんだよ。許せねえ」
「気休めにもならんが、子供は側近のデカイ黒人が助けたと聞いた」
「ラシャ…?」
「名前は忘れた。…だがな、助けた二人は病院で自害したと聞いた。アロンゾを崇めてたんだ。彼が死んだら自分も死ぬのが当たり前だって叫んでたそうだ」

 ソイルはゾッとしたものが身体を通り抜けたのを感じた。確かに幼い頃、アロンゾに懐いて、可愛がられたがる子もいたことを思い出す。監禁され、始めは恐怖や抵抗があるのは確かだが、子供なりに適応しようという力が働くのか。ソイルは姉との別れと言う悲しい現実と、また家族の元に二人で帰ろうと言う約束で強く理性を保てていたが、周りの子供の多くはおかしくなっていた。
 トバルコはそれを知っていて、置いて行ったのだ。それは今、ソイルにも分かった。

「奴は間違いなく極悪非道の男だ。が、あの若さで20人近く子供を持つ親でもある。将来、子供が少しでも多く犯罪に巻き込まれない事を願って、非道として生きている」
「…それでも、やっぱり悪魔みたいな奴だ。あんな人間だなんて考えもしなかった。それに…ファミリーの人間を薬で縛るのも」
「奴も服用してる。していないのは特殊ケースだそうだ。刑務所での情報屋や他社に長期潜入しているスパイとかな」

 ソイルは言葉に詰まった。

「だが、俺もトバルコは好きになれない。目的の為にしたってあまりにも残虐極まりない行為もする。取り引きも無く、敵対していたら間違いなくぶち抜いてやったさ」

 ソイルは口を閉ざしたが、それでも納得出来ない様子で車窓を流れる景色へ視線を向けていた。ギロアの一言が飛び出すまでは。

「俺もトバルコとそう違わねえ。恐らくは家族が居るであろう人間を蹴散らして来たし、助けられないと諦めたこともある。人が殺されるってのはそういう人間の所為なんだ」
「あっ、あんたは違う!」
「違わない」

 ソイルは慌てて取り繕おうとしたが、先に一蹴されてしまう。

「リーセルだったか? 奴も俺の敵だったら俺は攻撃していたさ。一瞬だけでそいつがどんな人間かなんて分からない。はたから見ればお前を連れて逃げる様に見えたかも知れん。制圧するためには致し方ない。…な、同じだろ。ソイルは悪くない」

 ギロアの感情の無い言葉に、ソイルは何も言えずに俯いた。
 けれど、ギロアがあの場面に来ていたらいきなりは撃たないはずだ。ソイルを支えていたリーセルに照準を合わせたとしても。そしてソイルが撃つなと言えばその声を聞いてくれただろう。だから違うよ、とソイルは心の中で呟いた。だが、ソイルの口から漏れたのは力のない音だった。

「…ごめん…」
「なんで謝る」
「…ごめん」

 悪魔の様な人間だと自分が例えたトバルコとギロア自身を同じだと言わせてしまった事が悲しくなり、ソイルはもう一度謝った。

「謝ることは無い。ソイルの気持ちは普通だよ。お前の所為で彼は死んだわけじゃない。リーセルの家族の為に怒ってる。まともだ」

 ソイルは小さく頷いた。
 ギロアは普段ならここまで発言しないはずなのに、なぜかソイルが黙るまで言葉を続けた。それはリーセルの死を己の所為だと強く思うソイルの気持ちを軽くしたい為だった。だが、それよりもギロアを傷つけたのではないだろうかと、ソイルはますます気持ちを沈ませていた。




 帰宅してからも暫くの間はぼんやりと野菜を刻み、サラダとローストチキンをスライスしてパンに挟んだ。簡単にスープを作って共にそれを食べたが、ソイルの気持ちは浮かばない。食後にギロアが美味かったと言われ、微かに口端を上げるのがやっとだ。
 いつもならば、だらだらと食器を洗うギロアのそばでくだらない話をし、ビールを飲んでソファでのんびりした時間を過ごすが、ソイルはシャワーを浴びてすぐにベッドへ潜り込むと丸まって枕へ顔を埋めた。

 




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