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「そういえばあんたの荷物は?」
「まだホテルだ」
「…この部屋は譲らないから」

 横取りか。と顔をしかめるギロアに、ソイルはニコッと笑顔を向けた。膝に跨ったままのソイルがいるため、ギロアは立ち上がれず呆れて溜め息を零した。

「一度は手放した家だろ?譲れないけど、それならさ、一緒に住めば?」
「…前のお前の方が可愛かった」
「なんだそれぇ。失礼だな」

 ソイルはギロアの両頬を指先で摘まんだ。ギロアはされるがままだが、眉間にシワを寄せる。

「だってさ…こういうの憧れてたからしかたないだろ。恋人と同棲…っていうやつ…?」

 口に出してみると照れてしまい、ソイルは後半の殆どは独り言のように呟いた。少しばかり俯き、居心地の悪さにソイルが膝から立ち上がる。

「あんた、俺から攻めなきゃ何もしてくれそうにねえし。だから…っもう、いいよ!」

 ひとりであーだこーだとしてしまう自分が恥ずかしくなり、ソイルは落ちたブランケットを素早く拾って被りながら寝室へ逃げた。
 ベッドで丸まり、溜め息とともに頭を抱える。ソイルは明るい外をぼんやりと見て、だらだらと過ごしては駄目だと頭の端で考えた。だが、たった今まで触れていたギロアの温かさを手放し難く、益々身体を丸めた。思いが伝わり合ったはずなのに、あっさりとしているギロアと浮かれてしまう自分の差がどこか寂しい。
 ソイルが再び溜め息を吐き出した時、部屋のドアが開いた。無意識にソイルは身体を固くし、ブランケットを強く握った。ギロアがベッドへ腰掛け、ブランケットに頭まで入って丸まるソイルの頭をポンと叩く。

「飯でも食いに行くか」

 言いながら、早く出てこいとブランケットを捲る。ソイルは浮かれた気持ちを隠すように頷いて、ベッドから降りた。

「着替えてくる」
「夜は作ってくれよ」

 衣類をまとめたダンボールからTシャツとジャケットを取り出していたソイルがギロアを振り返った。以前、居候していた頃は殆ど毎晩食事を作っており、ギロアが美味いと言ったことが鮮明に思い出される。その時は、会話のきっかけを作り、少しでも興味を引くために出来る事が料理くらいだった。食事をしない人間はいないし、小さな個人経営のカフェレストランで働き始めた事も相まっての行動だ。
 自分が作った料理を食べたがっているのかと、真意を求めてソイルはギロアを見つめた。

「まあ、無理に作れとは言わねえけど」

 硬い表情のソイルに、ギロアが苦笑いを向ける。残念そうなその顔に、ソイルは顔をほころばせた。

 


 引越しを終えて十日程経ち、ソイルはまた元のレストランで働き始めていた。突然辞めた事を咎めるでもなく、心配したぞ、と眉を下げた店長や歓迎してくれるウェイトレスの女の子達に、ソイルは心から喜んで頭を下げた。
 週に二回の休みを使い、ソイルは久しぶりにスーツを新調して街中の高級ホテルの催事ホールへ足を運んでいた。有名デザイナーの新作ジュエリーの発表会で、各界の著名人や富豪などの顔ぶれにソイルは密かにうずうずする心を抑え込んだ。

「ソイル!久しぶり」
「クラーク」

 相変わらず一流ブランドのスーツを着こなし、センスの良い帽子をさりげなく合わせているクラークと軽い挨拶を交わす。この発表会も、現在クラークがカモにしている有名デザイナーの女性が主催するものだった。

「コリンは?」
「パリだ。ひと仕事終えてそろそろ帰って来るんじゃないかな」
「カルデロの絵を集めてるって?」
「そう。贋作だとしても質は最上級だ。故人の画家としてでも名前を残して欲しいから」
「…俺に協力出来ることない?」
「絵が集まったら、一緒に展示会に行こう。あくまで売買は無しの展示のみ」
「いいね」

 ソイルは笑顔で頷き、クラークも微笑む。

「そうだ。例の男の自宅が分かったよ。土曜以外は両親共働きに出ていて帰らない。父親の兄に借金背負わされて心底貧しいようだね」


 




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