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パ、パーッと外の通りから車のクラクションが小さく聞こえた。ソイルがハッと身体を起こすと、そこは昨日引っ越ししたばかりでまだ馴染んでいないベッドの上だった。辺りを見回すが、人の気配は無い。陽は登り、今は昼頃か。
昨日ギロアが来て、確かに肌を重ねたはずなのに、とソイルは慌ててベッドから出た。かぶっていたシーツが落ちると、裸の自分にソイルは少し安心した。綺麗になってはいたが、僅かに身体に残る違和感がギロアとの一夜を思い起こさせる。
ソイルは寝室に置かれたダンボールから下着とパンツを引きずり出し、早々と身に付けて外へと一目散に駆けた。
「あ!!」
外へのドアに手を掛けたところで、ソイルはソファからはみ出している足を見つけた。ギロアの足だとすぐに分かり、ソイルはソファに駆け寄ると蹴り付けた。
「なんでソファに寝てんだよ!びびったじゃんか!」
ソイルはギロアの足をパシッと叩いて、起きろと声を張った。
「あ"ぁ?…るせぇな…何をびびるんだよ…」
ギロアは叩かれた足を折り、まだ眠いとでも言うようにソファに丸くなってブランケットを頭まで被った。そんなギロアを前に、ソイルはソファのそばに跪く。ブランケットをペロンと捲り、顔を押し込むと一緒に被った。驚いたのか、慌てて起き上がろうとするギロアのTシャツを強く掴み、ソイルは唇を重ねた。
「おはよ。普通、エッチしたら隣で寝ない?」
わざと可愛らしく見せようと首を傾げながらも、ソイルの目は真剣だ。ギロアは益々顔を寄せてくるソイルから逃げるようにブランケットを剥ぎ取りソファに座って襟足をかいた。
「このソファ、ここまで上げてやったろ。文句言うな。お前がど真ん中で寝てるからベッドには入り難かったんだよ…」
「ひとりでソファ運んだの?」
他に居るかよ、とあくびをしながら呟いたギロアに驚きの表情を向けるソイルへ、ギロアはブランケットを羽織らせた。素肌に触れたブランケットにはギロアの温もりが残っており、ソイルはブランケットの端を強く握り締めて目許を細めた。安心する匂いだった。
「言ってくれれば一緒に運んだのに。よく運べたな」
「そこまでデカくもないし、担げばなんとか…。お前こそ肩、無理すると壊すぞ。大事にしてろ」
ソファに座っていたギロアはぶっきら棒に言い、立ち上がりながらソイルの頭をポンポンと叩いた。笑顔を向けられた訳でも、愛を囁かれた訳でも無いが、その大きな手の重たさと熱にソイルは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと」
ギロアは視線を伏せ、口端を僅かに上げて見せた。ソイルはそれに満足していたが、茶化すように唇を尖らせる。
「なぁ、もっとさ、なんて言うか甘やかしたりしてくれないの?俺のこと好き?抱き締めて好きだとか言わないの?」
ソイルは立ち上がったばかりのギロアを押してソファへ戻し、膝に跨った。ブランケットがするりとソイルの肩から滑り落ちる。
「…俺はそんなん柄じゃねえよ」
「えぇー…少し!少しくらいどう?」
嫌だと答えるギロアに、ソイルはやれややと大きな溜め息を零した。
「じゃあいいよ。…でも…好きだよね?一緒に居ても…いいんだよな、っん、ぅ…ん」
ギロアの膝に座るソイルの瞳が微かに揺れ、声もどこか寂しげな色を含んだ。だが、ソイルの唇が続きを言葉にするより早く、ギロアによって塞がれる。唇が離れたと思えばすぐに角度を変えて唇を奪い取った。
はじめは僅かに緊張したように身体を硬くしたソイルも、数秒経てばギロアの首へ腕を回し、舌を絡めて痺れるような甘いキスを堪能した。
ゆっくりと唇が離れ、ソイルは足りないと言うように唇を自ら押し付け、キスを強請る。文句も言わず、ギロアはそれに答えながらソイルの背中を優しく抱いた。
キスの合間に名前を呼ばれたソイルは胸がじんわり温まり瞼を閉じる。唇を離して僅かな時間互いを見つめた後、ソイルはギロアへ身体をくっつけた。
「ん、伝わった」
短く答えたソイルの身体を、ギロアは更に強く抱き締めて誰に対するわけでもなく小さく微笑んだ。
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