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 固まったままのソイルを無視して、ギロアが部屋を覗いた。

「テレビなんて置くのか」

 そのまま遠慮もなく、ずかずかと上がり込むギロアをソイルは慌てて追った。

「あ、あんた…大丈夫なのか?」
「なにが?」
「…トバルコの事…とか?」
「どうして疑問系なんだ?」

 部屋は入れば直ぐにリビングで、キッチンもすぐ隣だ。ギロアはまだ何も置かれていないキッチン台の前に立ち、ステンレスのシンクにそっと触れた。

「どう、してって…俺…詳しく知らないから…」

 ソイルは部分的に与えられた情報で精一杯状況を把握しようとしたが、曖昧な部分が多過ぎて繋げることが出来ていなかった。渦中に居たことに間違いないのに、何がどうなったのか、終わったのかも定かではなかった。しかし、今ひとつソイルに情報が増えた。ギロアは無事で、目の前にいる。

「っ、なんで?!何があったか、俺…」

 言葉に詰まり、ソイルは何が言いたいのか、伝えたいことも真っ白になって小さく鼻を啜った。理性では止め切れない
涙が溢れ出す。拭っても拭っても終わらぬそれに、ソイルは右手で目元を押さえ左手はぎゅっと拳を握り締めた。堪えれば堪えるほど不自然な呼吸になり、頭がくらくらとしてくる。
 振り返り、ソイルを見たギロアが優しく肩へ手を置いた。その手の大きさと重みにソイルは顔を歪めて抱き付いた。

「も、会えないって、おも、てた…!」

 ギロアは突然飛び込んできたソイルに一瞬驚いたが、引き離す訳にもいかずに遠慮気味に背中を抱いた。

「お前が五体満足でよかった。それに、いい友達がいて安心した。彼らの必死さ、見せてやりたかったよ」
「クラークと…コリンのこと?」

 腕の中に収まり、時折鼻を啜りながらも離れようとはせずソイルはふたりを思い浮かべた。

「グルジアから戻ったらお前に会って欲しいと。あのやり手なハットの奴が」

 ソイルは胸が重くなり、唇を引き結んでギロアの身体に強くしがみついた。クラークに頼まれたから会いに来たのだと思うと、高ぶった気持ちがチクチクとして痛む。ギロアは己を顧みない上に親切で責任感もある。頼られたならば最善を尽くすだろうし、それはソイルの件も例外ではないのだろう。ソイルは目を瞑り、眉を寄せた。辛いとか苦しいとか、色々感じた数週間だったが、今の気持ちはそれらのどれとも違う。

「俺のこと、助けてくれたじゃん…好きでもないのになんで…」
「俺の仕事先の為に色々と裏の情報をくれたろ。それにお前のことは嫌いじゃねえよ」
「けどっ、クラークに言われたからって、会いに来なくてもいいだろ!ただ顔見に来たのかよ!俺がちゃんと立ち直れるか心配か?!ああ、まともに眠れねぇよ!」

 ソイルはギロアの胸にしがみついたまま思いのままに怒鳴った。行き場もない気持ちが溢れて、半ば八つ当たりの様に声を荒げる。

「あんたなんて嫌いだ!俺はあんたが好きなのに!あんたは俺を『嫌いじゃない』程度にしか思ってないのに!…助けられたり…顔見たら…」

 ますます好きで苦しくなる。弱々しい音がソイルの口から零れた。

「俺はお前が好きだよ。けどな、『同じ気持ち』かは分からねえ。もう、いい歳の俺と、まだまだ若いお前は違うだろ」

 少し声を落とし、言葉を選ぶような慎重な口振りに、ソイルは荒ぶっている感情を抑え込みながら真剣に耳を向けた。

「前にも言ったが、戦場や職場で自分の危機を助けられたり、人を惹きつける行動に気持ちが引き寄せられて恋だなんだと勘違いを起こすこともあるしな。そんな一瞬の気持ちだろうよ」

 最後は優しく言われたように感じて、ソイルは出会いを思い出す。森の中、お互いに敵だと思って警戒していた。結局ソイルの仕掛けた簡易爆弾にギロアの部下が引っ掛かり、彼も巻き添えとなってしまった。そんな、普通だったらあり得ない出会い方。街のコーヒーショップでも、バーやクラブでもない。だから駄目なのか?ソイルはバシンと思い切りギロアの胸を叩いた。

「俺の気持ちだ!勝手に決めるな!」

 ソイルはギロアのジャケットの襟を掴んで顔を引き寄せ、間近まで顔を寄せて眉を吊り上げた。

「俺のこと好きになるのが怖いんだろ。あんたの言う一瞬の気持ちが冷めたときのこと、怖いんだ」

 ギロアの目を真っ直ぐ見つめてソイルはキッと睨むように言った。また、余裕でかわされるに違いない。そう高を括っていたソイルだったが、ギロアは何も言わない。強い視線で見つめられ、ソイルは自分の言葉にじわじわと追い詰められ、頬が熱くなるのを自覚して瞬きを繰り返した。

「俺の気持ち、一瞬なんかじゃ…ねえよ!」

 震える声で早口に伝えると、ソイルは噛み付くようにギロアへ口付けた。





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